カテゴリーアーカイブ: 津山事件

津山事件: 新聞画像について

とある方からメールで下記のようなお問い合せをいただきました。下の文章は意訳で、元の文章はもっと丁寧なものです。

あんたのブログに載ってる新聞画像はここからの転載じゃないのか?向こうの方がブログのエントリ日も早いし、人名の消し方も全く一緒だし、向こうにはあんたのところにない画像も載ってるし。それなら出典として合同新聞だけじゃなくて向こうのブログも示すのがスジだろう。

拝見してみると、確かに同じ画像が掲載されています。しかし、これらの画像は当方が元記事のコピーをスキャンしてアップしたもので、こちらが先に掲載したものです。

例えば、下記の2つの画像を見比べてください。

当サイトの画像の方が解像度が高くなっており、先方のサイトが当方サイトに掲載した写真を小さくリサイズして掲載していらっしゃることがご理解いただけるのではないかと思います。ブログのエントリ日は確かに先方サイトの方が先(2006年07月25日)ですが、おそらく後から編集で追加されたのではないかと思われます。

誤解しないでいただきたいのですが、これらの記事は当然当方に著作権があるものでもなく、引用として使用しているだけですので、著作権を主張するとかケンカを吹っかけるというつもりは全くありません。ただ、先方のブログの方がメジャーなようでもあり、また上のような嫌疑を掛けられるのもアレなので、一応改めて明記・宣言しておきます。

当サイトにアップしている記事画像類のほとんどは、引用のために私(管理人)自身が元記事をスキャンして、人名の消去等必要と思われる加工を行ったものです。唯一の例外はこのページの犯人の顔写真類で、これらのほとんどはネット上で拾った画像をそのまま掲載しています。それ以外の新聞・雑誌記事等は基本的にすべて自分でスキャン・加工を行っています。

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津山事件: 都井睦雄の写真

都井睦雄 Mutsuo Toi『津山三十人殺し』より

都井睦雄 Mutsuo Toi大阪朝日新聞 昭和13年5月22日付

今回のエントリはサービスです。どうも、うちのサイトに「津山事件 写真」あるいは「都井睦雄 写真」で検索して来訪している方が多いようなので、並べて置いておきます。

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津山事件: 下山事件: 新風舎と草思社が民事再生法適用を申請

新風舎が民事再生法適用申請

草思社が民事再生法適用申請

『謀殺 下山事件』の文庫本を出していた新風舎が2008年1月7日付で民事再生法適用を申請したのに続いて、1月9日付で『津山三十人殺し』の単行本版の版元である草思社が民事再生法適用を申請したとのことです。相次ぐ民事再生法適用申請で、この手の良質なノンフィクション書籍を出していた出版社が相次いで事実上倒産するあたりに時代の流れを感じます。

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津山事件: 稀代の殺人鬼 その5

合同新聞昭和13年5月28日付合同新聞昭和13年5月28日付

連載第5回(最終回)です。

「亡き父母眠る墓所戀しく自殺の場所をこの倉見越えに求めたらしい」とのことなんですが、倉見は貝尾から北の方、荒坂峠は南の方なのでこの記述にはちょっと疑問が残ります。

睦雄が自殺した時点でまだ銃弾は14発残っていたとのこと。これを全部使い切っても、禹範坤の記録には届かないわけですね。

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津山事件: 稀代の殺人鬼 その4

合同新聞昭和13年5月27日付合同新聞昭和13年5月27日付

連載第4回です。

事件当日の睦雄の動きが詳しく書かれています。筑波本で「寺井ゆり子」になっている女性が隣宅へ逃げ込んで助かった(その代わり逃げ込んだ先のおじいさんが殺された)話や、「お前は惡口をいはぬからこらへてやる、しかし後では惡口をいふだらうな」と老人を見逃した話などはこの記事から取られた物ではないかと思います。

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津山事件: 稀代の殺人鬼 その3

合同新聞昭和13年5月26日付合同新聞昭和13年5月26日付

さらに続きです。前日・前々日が「上」「中」だったのに、この日からいきなり「3」になっちゃいました。

検定試験云々とあるのは、青年学校(小学校を卒業したが中学校に行かなかった青年向けの補習学校。卒業しても資格にはならない)の教師に勧められて受験を考えたという専検(専門学校入学資格検定試験、今の高卒認定試験) のことでしょう。

練習と成果にあるように、松の木を相手に試射を繰り返して、着々と計画の遂行に向けて準備を進めていたようです。

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津山事件: 都井睦雄先生直筆原稿

「津山三十人殺し」より「津山三十人殺し」より、『雄図海王丸』

(2010年7月10日追記)その後の調べで、私(本ブログ管理人)はこの『雄図海王丸』は都井睦雄の作品ではなく、筑波昭氏の創作である可能性が高いと判断しています。とりあえず本エントリの内容はそのまま残しておきますが、その点ご注意ください。詳しくはこちらのエントリをご参照ください。

(This section added on Aug 27, 2010) After investigation, it is highly doubtful if this manuscript and the novel “Yuuto Kaiomaru” were written by Mutsuo Toi. They are possibly framed up by Akira Tsukuba, the author of the book “Tsuyama 30 people massacre”. I, as the author of this site, wrote it on English Wikipedia.

都井睦雄先生直筆生原稿です。1/2縮小だそうで。

結構几帳面に1マスに1文字を書いていくタイプのようです。戦前の小学校の「綴り方」教育のタマモノでしょうか。本ブログの筆者の小学校時代、やたらと「綴り方」教育を云々する先生がいて、その先生が称揚していたのが戦時中の小学生の書いた文章でした。「トタン屋根を打つ雨の音、灯火管制の中でうすぼんやりと光るろうそく」をとにかく絶賛していたような気がします(正直興味がなかったのであんまり聞いてませんでした)。

閑話休題、個人的には結構今風なというか、ちょっと前に流行した丸文字っぽい文字で好感が持てます。推敲の跡はあるものの、誤字脱字もなく、基本的な文章を書くことに対しての素養が見られるような気がします。遺書の名文っぷり(その数ヶ月前から推敲に推敲を重ねたのでしょうが)と併せて、今の世の中に都井睦雄先生が生まれていれば、同人作家orブログ小説作家として名をなしていたんではないかという気もします。

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津山事件: 稀代の殺人鬼 その2

合同新聞昭和13年5月25日付合同新聞昭和13年5月25日付

24日付特集記事の続きです。西加茂村行重が生んだ百姓一揆の首謀者である仁木直吉郎との比較が論じられています。

貝尾の地図が掲載されています。この地図を筑波昭『津山三十人殺し』に掲載された地図と比較すると、ほぼ左右が反転しています。実は本ブログの筆者は現地を訪問したことがないのでどちらが正しいのかわからないのですが、是非とも将来的には一度訪問の上確認してみたいと考えています。

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津山事件: 稀代の殺人鬼 その1

合同新聞5月24日付合同新聞昭和13年5月24日付

合同新聞は、5月24日から5回連続でこの事件の特集記事を組んでいます。今回の紙面では「上」となっていますが結局5回連続になっています。地方紙で1日4ページほどしかない紙面のうちこれだけのスペースを毎日割くというあたりに、地元における事件の衝撃の大きさが表れています。また、よく言われる「日中戦争の最中だったために報道管制が布かれた」という記述(「八つ墓村」の昔の文庫本の解説という話はあるものの、この記述自体がどこにあったものかというのも実は怪しいのですが)は事実無根だったことがわかります。

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