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津山事件: 『津山三十人殺し 七十六年目の真実』 その1

石川清さんの新刊『津山三十人殺し 七十六年目の真実: 空前絶後の惨劇と抹殺された記録』を入手しました。
1冊Amazonで購入済だったのですが、わざわざ著者の石川さんから献本もいただきました。この場を借りて御礼申し上げます。

石川さんは前著の刊行後も毎年現地取材を続けているとのことで、貝尾の被害者遺族の方々の重い口からも証言を引き出しています。狭山事件の伊吹隼人さんと同様に、その熱意と、何度も現地に足を運んでの取材の成果が現れている本だと思います。津山事件に興味がある方は是非とも一読をお奨めします。

第一章で山口の連続放火殺人事件(「つけびして 煙り喜ぶ 田舎者」という川柳が話題になった、2013年に起きた事件。集落内のいざこざが原因で、近隣の5人を殺害・放火した)と津山事件との類似性について触れているのは、時事問題の話題ということでご愛敬でしょう。第二章以下の分析については、目を見張るものがあります。また、第二章では、拙著『津山事件の真実』とその内容にも触れていただいており、いくつかの点で見解の相違はあるものの、大筋では拙著で展開した筑波本批判に同意していただいています。

個人的に、今回の本の白眉は、第三章と第五章です。従来、「祖母」、姉、睦雄の3人が倉見を離れて小中原(加茂の中心地)→貝尾と移り住んだ理由については謎とされてきましたが、都井家の関係者への取材でその理由が明らかになっています。また、第五章では寺井マツ子の重要性とその証言の不自然さを分析し、衝撃的な仮説を提示しています。

最終章では「残された謎」と題して、これまでの取材でも明らかにできなかった「謎」について書かれています。どれも大変興味深い考察と問題提起で、「雄図海王丸」や阿部定との関係のようなセンセーショナリズムに基づく捏造抜きでも、この事件が奥深く、興味ある事件であることを改めて感じました。

前著『津山三十人殺し 最後の真相』も同じ学研から再刊予定とのことです。現在は古本がプレミアがついている状態なので、嬉しいニュースです。未読の方はこちらも併せて閲覧されることをお奨めします。


本ブログでとりあげている事件に関する同人誌等の通信販売を行っています。詳細はこちらをご参照ください。


津山事件: 冬コミ告知 その4

相変わらず原稿書いてます。本にしようと思って原稿を書くのはなかなか難しいものですね。

冬コミについて告知です。

コミックマーケット79
場所: 東京ビッグサイト: ゆりかもめ「国際展示場正門前」駅またはりんかい線「国際展示場」駅下車
出展日: 12月31日(金)(3日目)10:00~16:00
東Q-50b「事件研究所」

津山事件本を販売します。
A5版300ページ程度(予定)、予定価格3,900円
付録: 津山事件報告書(昭和14年、司法省刑事局編著)

  • 印刷部数が少ないため、高めの価格設定になっています。同人誌とはそもそもそういうものですので、ご理解をいただけると幸いです
  • 被害者の写真など一部の図版については、コミケの規定や東京都の条例を考慮して割愛する予定です。文句がある方は石原都知事にどうぞ(笑)。それ以外の文章部分に関しては、原本をほぼそのまま丸ごと収録予定です。作業が膨大になるため、特に墨塗り等は行いません
  • 本ブログで発表済みの論説の再録が中心です。ただし、新規の論考も加えています

当日は委託販売も行う予定です。委託販売本については後ほど告知します。

コミケにいらっしゃったことがない方へ: 大変混み合う場所ですが、礼儀正しいオタクの方々の集まりなので、基本的に怖いことや危ないことはありません。ただ、当日(3日目)は男性向けエロ系同人誌が中心です。そういう方面に免疫がない方は心の準備をお願いします。時間帯によって入場制限もあるため、いらっしゃる場合には充分な時間的余裕を持っておいでください。

 

津山事件: 『雄図海王丸』と『浮城物語』 その2

fujoumonogatari-gendaigo『浮城物語』現代語版

『浮城物語』には、「現代語版」というバージョンがあります。出版されたのは昭和18年(1943年)で、都井睦雄の死後です。現在から言えば70年近く前の「現代語」版ということになります。

訳者は高垣眸氏。1925年に少年倶楽部でデビューしたとのことですので、氏の小説は睦雄も読んでいたかもしれません。ちなみに、なんとこの方、1979年には「宇宙戦艦ヤマト」のノベライズも担当されたとのことです。残念ながら国会図書館にも所蔵されていないようですが、80歳を超えた方がノベライズした「宇宙戦艦ヤマト」……是非読んでみたいものです。

閑話休題、要するに『浮城物語』には、オリジナル、現代語版、『雄図海王丸』と、3つのバージョンがあることになります。それらの相同点と相違点を見ていただくために、作中の主人公である上井清太郎(この主人公の名前も3者共通です)が横浜グランドホテルで作良・立花両氏と初めて対面する場面を見てみましょう。

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津山事件: 『雄図海王丸』と『浮城物語』 その1

fujoumonogatari2岩波文庫版『浮城物語』奥付

こちらのコメントで書いた内容の続きです。

私は、筑波本に都井睦雄の作品として紹介されている『雄図海王丸』も、筑波昭氏による創作である可能性が高いと考えています。いくつか理由はあります。

  1. 『雄図海王丸』のプロットは矢野龍渓の『浮城物語』とまったく同一であり、文体を「子供向けに」書き直した程度である
  2. 『浮城物語』は矢野龍渓の代表作の一つであり、矢野龍渓の名前は『雄図海王丸』の冒頭にも出ているので、ちょっと調べればわかるはずなのに、筑波氏がぼかした書き方をしている
  3. 睦雄が生きていた昭和10年代前半における本作品の入手可能性に疑義がある
  4. 「津山事件報告書」に『雄図海王丸』が全く出てこない
  5. 『雄図海王丸』の原稿の写真も「津山事件報告書」にない

『浮城物語』はこちらで全文読むことができます。
国立国会図書館「近代デジタルライブラリー」内『浮城物語』

関係する時系列をまとめると下記の通りです。

  • 1851年(嘉永3年):矢野龍渓生誕(豊後(現在の大分県))
  • 1890年(明治23年):郵便報知新聞に『報知異聞』(『浮城物語』の原題)を連載
  • 同年:『浮城物語』単行本発行
  • 1931年(昭和6年):矢野龍渓逝去
  • 1938年(昭和13年):津山事件発生・都井睦雄自殺
  • 1940年(昭和15年):『浮城物語』岩波文庫版発行
  • 1943年(昭和18年):『浮城物語』現代語版発行

単行本には徳富蘇峰や中江兆民、森鴎外といった錚々たる面々が跋文を寄せており、それだけでも当時におけるこの作品の影響の大きさがわかります。

『雄図海王丸』のプロットは『浮城物語』のほぼ丸写しで、主要な登場人物の名前(「作良義文」「立花勝武」など)も共通していますので、パクりとはいわないまでも少なくとも参考にしていることは間違いありません。岩波文庫版が出たのが昭和15年であったことを考慮すると、睦雄が本当に『雄図海王丸』を書いたのであれば、いつどのようにして『浮城物語』を読んだのか、という疑問が残ります。ご存じの通り睦雄は昭和13年(1938年)の津山事件当日に自殺しており、その時点では『浮城物語』は50年近く前の、文庫にも未収録の作品ということになるからです。

国会図書館で検索した限りでは『浮城物語』は明治39年や大正5年にも改訂版が発行されていますし、昭和に入ってからも改訂版は出版されていたと思われます。それを睦雄が何らかの形で入手したり、あるいは学校の図書室にその本があって、それを元に子供向けに『雄図海王丸』を書いた可能性はゼロではないと思います。しかし、『雄図海王丸』は、例えば「班超伝」の引用などかなり詳細な部分まで『浮城物語』と一致しており、図書室で読んだ本のうろ覚えのあらすじを元に書いた、というレベルではありません。手元に『浮城物語』があって、それを元に言葉遣いを改変して書いたとしか考えられない内容です。

「津山事件報告書」にも『雄図海王丸』や『浮城物語』に関する言及が全くないことからも、青年時代に『浮城物語』の岩波文庫版あるいは現代語版を読んだ筑波氏(昭和3年生まれ)が、それを改変して創作に利用した可能性の方が高いのではないかと思います。