津山事件: 『雄図海王丸』と『浮城物語』 その2

fujoumonogatari-gendaigo『浮城物語』現代語版

』には、「現代語版」というバージョンがあります。出版されたのは昭和18年(1943年)で、都井睦雄の死後です。現在から言えば70年近く前の「現代語」版ということになります。

訳者は高垣眸氏。1925年に少年倶楽部でデビューしたとのことですので、氏の小説は睦雄も読んでいたかもしれません。ちなみに、なんとこの方、1979年には「宇宙戦艦ヤマト」のノベライズも担当されたとのことです。残念ながら国会図書館にも所蔵されていないようですが、80歳を超えた方がノベライズした「宇宙戦艦ヤマト」……是非読んでみたいものです。

閑話休題、要するに『浮城物語』には、オリジナル、現代語版、『』と、3つのバージョンがあることになります。それらの相同点と相違点を見ていただくために、作中の主人公である上井清太郎(この主人公の名前も3者共通です)が横浜グランドホテルで作良・立花両氏と初めて対面する場面を見てみましょう。

オリジナル版(『浮城物語』矢野龍渓、岩波文庫版より)

第二 班超傳
橫濱グランド、ホテルの小使、余を案内して長廊下の隅なる一室に至り。指して曰く、是れ卽ち八番室なりと、戸を開けて余を誘ふ、室内には二名の日本人あり、余と初見の禮を叙して、互に名刺を通ず、甲は「作良義文」、乙は「立花勝武」と印す、作良は年齒三十内外なるべく、立花は二十六七ならん、二人與に旅行前の服装にて、未だ汚染せざる新調の縞羅紗の「セビロ」を着けたり、一見してその風采の鄙しからざるを覺ゆ

現代語版

二 ホテルの兩偉丈夫
汽車で橫濱へ後戻りして、グランドホテルを訪ね、「義文」と名乗る泊り客があるか否かを尋ねた。すると果して、八號室に「作良義文」と名のる客が滯在中だといふので、直ちに面會を求めた。
早速、通されたので、ボーイに導かれて室内に入ると、そこには二人の日本人がゐた。僕が名刺を差出すと、先方でも名刺をくれたので、見ると「作良義文」「立花勝武」と印刷してあつた。作良氏は三十歳前後、立花氏は二十六、七歳、二人共に新調の背広を着て、風采堂々たる偉丈夫だつた。

雄図海王丸

一の二 グランドホテル
其翌日上井青年は再び横浜に引きかえしてきて、グランドホテルの玄関に立っていました。
「姓はわからないが確に当ホテルに義文と名のつく方が泊っていられる筈だから是非お目にかかりたい」と申し入れました。すると暫くしてから支配人らしいのが出てきて、
「今義文という方をお尋ねでしたが、作良義文とおっしゃる方なら居られます。其方で御座いましょうか」
「多分其方だと思いますが、姓ははっきり分かりかねます。お会いすれば何もかもよく解る筈なのです。今居らっしゃれば直ぐお目にかかりたいと思います」
「お尋ねのは其方らしゅうございますから、では案内致させましょう」
ボーイが先に立って薄暗い廊下を二度ほどまがって第八号と記してある一室へ案内しました。室には年三十あまりと見える背広服を着た一人の紳士と、それより三つ四つ若いと思われる、これも風采の立派な青年紳士の二人がいました。

文体の違いがよくわかります。オリジナル版はさすがに評判になるだけのことはある名文だと思います。現代語訳→雄図海王丸をオリジナル版と比べると、読みやすくはなりますが現代語特有のクドさが鼻につきます。

全体として、各章のタイトルの付け方などを見る限りでは現代語版の方をタネ本にしているようにも思え、そうであれば「昭和18年に出た現代語版を睦雄が読んでいるはずがないから、雄図海王丸は睦雄の作品ではありえない」と断言できるのですが、叙述の中にはオリジナル版にしかない(現代語版では割愛されている)ものがあったり、第四章のタイトルのようにオリジナル版の方が近いものもあるため、どちらがパクリ元であるか判然としません。念のため各章のタイトルをまとめておきます。

オリジナル版 現代語版 雄図海王丸
第一 小革囊 一 折鞄奇談 一の一 鞄の機縁
第二 班超傳 二 ホテルの兩偉丈夫 一の二 グランドホテル
一の三 果して雄図を抱く
第三 好丈夫 三 大願成就 二の一 好漢、さすがは首領
第四 吟詩 四 快速艦海王丸 二の二 首途の詩吟
第五 密話 五 菊川醫師 二の三 海賊?
第六十三 意外 六十 嗚呼大事去る媾和談判 十六の五 講和成る

 

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