ここのところ話題になっているPC遠隔操作冤罪事件について。この事件には、日本における冤罪事件の問題点が凝縮されているように思います。
まず最初に事件の概要です。2ちゃんねるなどの掲示板に学校や皇族を襲撃すると書き込んだ容疑で、日本各地で4人が逮捕されました。そのうち、神奈川県の大学生(未成年)は容疑を「自白」し、家庭裁判所で保護観察処分が確定していました。しかし、「真犯人」から、逮捕された人たちのPCを遠隔操作して襲撃する書き込みを行った旨のメールがTBSや弁護士の落合洋司さんに届き、それによって4人の冤罪が明らかになった、というものです。
この中で最大の問題は、神奈川県の大学生が犯行を「自白」していたことです。以下、報道から引用します。
- 犯人と捜査当局しか知り得ない内容が含まれた上申書を大学生が出していた
- 神奈川県警の捜査員が、容疑を否認していた東京の大学生(19)に対し、「名前が公に出る心配はない」「早く認めたほうが有利だ」といった趣旨の発言で、自供を促していた
- 手口や動機を不自然なほど詳述した上申書が県警に提出されていた
- 少年は10分間ほど、何も言わずに泣き続け、上申書を書き始めた
- 横浜地検が、容疑を認めた内容が上申書とほぼ一致する自白調書を作成していた
これほど鮮やかに、「自白における秘密の暴露」やら「泣きながら書いた上申書」がアテにならないことを示す例もないでしょう。
狭山事件のような冤罪事件で、「犯人しか知らないことも自白してるんだし、裁判所が認定してるんだし、本当はやったんだろ?」という無邪気な意見を時折見かけます。しかし、これが「秘密の暴露」の実態なのです。この事件で、大学生が「秘密の暴露」をできる可能性はまったくありません。警察官や検察官が、捜査で判明したことを作文し、その作文を押しつけて「私がこの通り話しました」と被疑者に拇印を押させたことは明らかです。そういう、作文に捺印させるテクニックに長けた検察官や刑事が「デキる」と評価されるこの国では、「秘密の暴露」があったからといって有罪の証拠にはなり得ないことが白日の下にさらされたと思います。
自白調書の「具体性」「迫真性」「秘密の暴露」がアテにならないならどうすればいいのか?という人もいるかもしれません。しかし、そもそも自白はアテにならないものだというのが前提であるべきです。
自白がなくても有罪を証明できる物証があることが有罪の前提となります。しかし、この事件ではその物証の扱いでも問題があったと報道されています。
- 神奈川県警が少年(19)(保護観察処分)を逮捕した直後、パソコンの通信履歴に第三者の不正操作をうかがわせる不自然な記録があることに気づきながら、裏付け捜査を怠っていたことがわかった。
- 保土ヶ谷署生活安全課と捜査協力をした県警サイバー犯罪対策センターでは、少年を7月1日に逮捕した直後から、こうした不自然な通信履歴に気づき、同センターが詳しく解析。同9日までに、「わずか2秒間で書き込むことは人の手では不可能」として、第三者が関与した可能性について把握し、その見解を同課にも伝えた。
結局のところ、この日本国においては、逮捕されたらその時点で終わりなのです。警察官や検察官は逮捕した被疑者が無罪になれば出世に響くので、なんとしても自白を取って、不利な証拠は極力隠蔽して、有罪に持ち込もうとします。そして、裁判所は検察官の書いた調書を追認するだけの下請け業者なので、無罪判決が出ることは99%ありません。
そこを正すにはまず、すべての取り調べの可視化と、すべての捜査資料の無条件での全面開示、ならびに隠蔽した場合の警察・検察官に対する罰則が必要でしょう。しかしそれよりも、「一時的にでも自分がやったって言ったんだから、本当はやったんだろ?」という、ある意味で無邪気な、ある意味で残酷な「世間の目」を正していく必要があるのではないでしょうか。「世間の目」がそのようなものである限り、警察・検察による隠蔽・捏造工作はなくならないと思います。その意味で、今回の事件によって「警察や検察が自白や上申書を捏造することがある」「警察や検察が被疑者に有利な証拠を握りつぶし、そのために有罪判決(今回の場合は保護処分でしたが)が出ることがある」という「事実」が、「常識」になってほしいと切に願います。
以下蛇足。
神奈川県の大学生は、他の報道で「元大学生」とされていることから、保護観察処分になったために大学をやめざるを得なくなったようです。冤罪の問題点はここにもあります。痴漢冤罪でもそうですが、いったん逮捕されてしまえば、社会的にその人は抹殺されたも同然の状態になります。そして、今回のように話題になって無実が明らかになった事件であっても、「疑われたんだから何か疑わしいことをしたんだろ?」「いったん認めたくらいだから、なんか後ろめたいことがあったんだろ?」という「世間の目」はずっとつきまといます。
私が以前書いた児童ポルノ法の問題点について、「妄想だ」と笑う人もいるでしょう。しかし、繰り返しになりますがこれがこの国の司法の現実なのです。
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