その他: 冤罪は誰が作るのか その6

「その5」の続きです。「筋弛緩剤点滴事件」をマスコミがどのように報道してきたかを確認してみましょう。
asahi-20010109asa朝日新聞 平成13年1月9日付朝刊

「急変の守」。このキャッチフレーズは、事件直後に洪水のように報道されていました。リアルタイムでこの事件をご存じの方には覚えていらっしゃる方も多いでしょう。
複数のマスコミで同じフレーズが同時に流れていることから考えて、これも警察によるリークだと思います。こういう形で世論を「有罪しかない」という方向に誘導する警察・検察の手腕は大したものです。

実際には、守被告が北陵クリニックに就職した時期に急変患者が増えた理由は、それまで勤務していた医師が退職したために常勤医師が半田郁子副院長(事実上のオーナーである半田康延東北大学教授(当時)の妻)のみとなり、その半田郁子医師が救急救命医療が事実上できなかったことに起因しています。

例えば、守被告が筋弛緩剤を混入したために容態が急変したとされる11歳の女の子のケースでは、半田郁子医師が気道確保のための挿管に失敗したために植物人間となってしまっています。そして、「事件(投与)後1週間後の尿から高濃度のマスキュラックス(ベクロニウム)が検出された」という鑑定結果を基に、この事件で守被告は有罪となっています。しかし、ベクロニウムの排泄速度から考えて、また、追試のためにサンプルを分けてほしいと依頼したところ「使い切ってしまった」という噴飯ものの回答が返ってきたことを含めて、この鑑定が明らかに捏造であることは前のエントリでも確認したとおりです。
事件の本質としては、筋弛緩剤とは無関係な病状の急変に対して、半田郁子医師が挿管を失敗したために植物人間となってしまったということでしょう。このケースでは、守被告だけでなく半田郁子医師ならびに北陵クリニックも医療過誤で訴えられ、1億円を支払うことで和解しています。

ちなみに、この鑑定については、排泄速度の問題以外にも、そもそも検出されたとされる物質が明らかにベクロニウムではなかったというお粗末な話もあります。大阪府警科捜研は、質量分析器という装置で分析したところm/z258という数値の物質が検出されたのでそれがベクロニウムだ、と鑑定しました。しかし、ベクロニウムであれば本来m/z557あるいはm/z279という数値になるべきなのです。これは、たとえて言えば「原子量16の物質が検出されたからそれは窒素だ」と言っているようなものです。世界中どこへ言っても、原子量16の物質が検出されればそれは酸素であり、それを窒素だと主張したら笑いものになるだけなのですが。
ところが、それに対する裁判所の判断は

「装置が変われば結果も変わるので弁護側実験結果をもって警察鑑定が否定される根拠にはならない」

というものでした。

画期的な判決です。「警察の鑑定は、どんなに科学的におかしなことがあっても絶対的に正しい」という裁判所の原則をこれほどハッキリ表現した判決はないという点で、今後歴史的に語り継がれるべき判決だと思います。そもそも、本当に「装置が変われば結果が変わる」のであれば、「だからこの鑑定は無意味で、証拠能力がない」という結論に達すると思うのですが。

警察は今後、何かの事件で否認する容疑者がいたら、尿を取って大阪府警科捜研に送るべきです。覚醒剤でも麻薬でも、警察が検出されてほしいと思う物質が検出されるでしょう。もちろん実際には実験なんてやらなくても、それらしいことを書いて警察のハンコを押しておけばOKです。後で裁判になって弁護士が「追試をしたいので尿サンプルを分けてくれ」と言ってきたら、伝家の宝刀「使い切ってしまったので追試用サンプルは残していない」があります。
大丈夫。裁判所もフリーパスでその言い訳を認めてくれます。

個人的には、この筋弛緩剤混入事件に関して再審が認められる可能性は非常に低いと思います。再審を認めることは、「裁判所が全知全能ではない」ことを認めることになるからです。
足利事件の場合、DNA鑑定がその当時は一般常識として判断がつかず、その後の技術の進歩に伴って誤りであることが判明したという「言い訳」ができました。しかし、筋弛緩剤点滴事件に関しては、ベクロニウムの排泄速度にしても分子量の問題にしても当時すでに既知の内容でした。今になってその判断が誤っていたと認めることは、プライドだけは高い裁判官諸氏には不可能なことでしょう。

そして、再審が認められないことは、マスゴミ諸氏が自分たちの報道を反省する機会すらないことを意味します。
足利事件で再審が認められた際にも、裁判所と検察を非難するだけで、自分たちの報道について何らの検証もしなかったマスコミの方々ですから、冤罪の疑いくらいで検証したり反省することは120%あり得ません。そうなると、マスコミの方々にとっても「やり得」であることは変わりなく、今後も警察・検察のリークを何らの検証も懐疑もなくタレ流すのが最適な選択であることになります。

日本国の有罪率99.9%は、かくして守られているのです。めでたしめでたし。

One thought on “その他: 冤罪は誰が作るのか その6”

  1. 守大助被告が、職場を去る日の夜に北陵内科に行ってマスキュラックスのアンプルが入っている廃棄箱を回収しに行った処で私服刑事にみつかった。その廃棄箱には実際その使用済みのアンプルが何本かが入っていた事実はどうなったのでしょう。
    もし、私だったら病院を去る日に、そのようなことはしませんが……。

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