この記事のコメントでご要望をいただいた、より見やすい写真です。マイクロフィルムや縮刷版ではなく、当時配達された新聞そのものが閲覧できる某所の図書館で取ったコピーです。なお、サンケイ新聞はこの図書館に配達された版では違う写真が出ていました。
Category Archives: 狭山事件
狭山事件入門: 「PTA会長」について
身代金受渡しで重要な役割を演じた人物の一人に、狭山事件フリークの間で通称「PTA会長」と呼ばれている木材販売店主、MH氏がいます。この人は、被害者が卒業した堀兼中学校で教育振興会会長(生徒が卒業後も会長を務めることができるよう、PTAではなくこう呼んでいた)を務めており、息子が被害者と中学で同級生で生徒会長、被害者が副会長だったことから被害者とも顔見知りでした。
狭山事件: 入門編の身代金受渡しに関する補足
例によって補足です。
今回引用した記事に、失敗の経緯がかなり詳しく書いてあります。
- 2日午前0時(1日深夜)にも20人規模の刑官がさのヤに張り込んだ
- 3日午前0時(2日深夜)の犯人取り逃がしの際、次姉が犯人と押し問答になったときに、次姉のそばにいた刑事が懐中電灯を振り回して「犯人発見」の合図をした
- その合図を見て、向かいにいた刑事が「犯人逮捕」の合図である呼び子を鳴らした
- 呼び子を聞いた刑事たちは呼び子の方に殺到し、その間に犯人はゆうゆうと逃げた
ただし、これが定説というわけではなく、次姉やPTA会長の裁判での証言に「呼び子が鳴った」という話が出てこないところから、「呼び子は鳴ら(さ)なかった」という説も有力です。
狭山事件入門: 吉展ちゃん事件
前回のエントリで解説した事件の発端について、末端の交番から県刑本部長に情報が上がるまでが早すぎるとか、その程度の情報で県刑本部長のようなエラい人がわざわざ現地に、しかも勤務時間外の6時過ぎに来るのはおかしい、と感じる人もいるかもしれません。しかし、当時の刑札には「誘拐」に関して非常に敏感にならざるを得ない理由がありました。
狭山事件入門: 脅迫状と事件の発覚
昭和38年(1963年)5月1日午後7時30分頃、埼玉県狭山市の農家の長男(25歳)が、自宅の戸に1通の手紙が挟み込まれているのを発見しました。長男はその手紙を弟(19歳)に取らせると中を開けて読みました。手紙にはこう書かれていました。
少時様このかみにツツんでこい
子供の命がほ知かたら4月29日(五月2日)の夜12時に、金二十万円女の人がもツて前(さのヤ)の門のところにいろ。
友だちが車出いくからその人にわたせ。
時が一分出もをくれたら子供の命がないとおもい。―
刑札には名知たら小供は死。
もし車出いッた友だちが時かんどおりぶじにか江て気名かッたら子供わ西武園の池の中に死出いるからそこ江いッてみろ。
もし車出いッた友だちが時かんどおりぶじにかえッて気たら子供わ1時かんごに車出ぶじにとどける。
くりか江す 刑札にはなすな。
気んじょの人にもはなすな
子供 死出死まう。
もし金をとりにいッて。ちがう人がいたら
そのままかえてきて。こどもわころしてヤる。
長男はその手紙を発見する前に妹(16歳、当日が誕生日で16歳になったばかりの高校1年生だった)の帰りが遅いので心配して車で学校まで探しに行って帰ってきたばかりのところで、さらに封筒には妹の学生証も同封されていたので、妹が誘拐されてその身代金を要求されたものと考えて、大雨の中を父親と一緒に急いで車に乗り、交番に届け出ました。
……というのが現在公式に認められている狭山事件の発端です。脅迫状の文面も不気味なふいんき(なぜか(ry)を漂わせており、これだけでもミステリーの出だしとして、サスペンス感あふれるドラマの一幕のようです。裁判での長男や次女(被害者の姉)、刑官などの証言もすべてこの時間軸で話が進められていて、当然ながら判決もそのような事実認定になっています。ところが、この発端からして異説があるのが一筋縄ではいかないところです。
狭山事件: 下田雄一郎さんの本
泊まっているホテルのインターネットが竜巻(tornado)のためつながらなくなったりと、いろいろありましたが明日ようやく帰国します。写真は事件とは何の関係もないロッキー山脈です。
ところで、「狭山事件入門」の企画をやるのであれば触れざるを得ない話題に下田雄一郎さんの本『史上最大のミステリーを推理せよ!狭山事件』があります。この本は、著者本人の推理を述べるのではなく様々な証言や事実を紹介して推理は読者に任せるという方向で書かれたおそらく初めての本で、「狭山事件入門」にはうってつけです。これからこちらで書く内容もこの本を参考にすることが多くなると思います。また、ここではブログという媒体の性格上、あまり細かい事実までは紹介できない可能性も高いのですが、この本は相当細かいことも丹念に言及していてその点でも参考になります。当ブログを読んで「狭山事件」に興味を持たれた方がいれば、まず最初に読んでいただきたい本です。
ただし、文中にいくつか事実誤認と思われる点があったり(例えば、5月2日の深夜に養豚場のI-TR氏が車出通りがかって職務質問されたことになっているが、おそらくこれはI-K氏(石川一雄さんとは別人)の誤り。I-TR氏は後で「自殺」したので、この点は結構重要)、出典が不明な内容があったりするので、是非一度著者の下田さんにお会いしてその辺確認してみたいと思っていました。狭山事件を推理するサイト管理人氏によると、一時期下田さんと連絡が取れて現地調査などにも参加される話もあったようなのですが、その後連絡が取れなくなったとのことで、非常に残念です。
残念と言えば、版元である新風舎が倒産(民事再生法適用申請)した関係か、1年半ほど前に出たばかりの本なのに既に版元絶版になってしまっているのも残念です。新風舎という会社は、自費出版ビジネスの方ではいろいろ言われて叩かれているようですけど、前にも書いたように事件関係では様々な好著を文庫で再版してくれていて、その点では個人的に好感を持っていました。どこかで事件関係の文庫だけ引き取って再版してくれないものでしょうか。
狭山事件入門: 目次
*注: 現在、「狭山事件入門」関連のコンテンツを順次狭山事件関連資料Websiteに移行しつつあります。こちらのブログに残っている記事は内容が古くなっている場合もありますので、ご了承ください。
目次というか予定です。予定なので変更する可能性は大いにあります。
狭山事件入門: 狭山事件の面白さ
*注: 現在、「狭山事件入門」関連のコンテンツを順次狭山事件関連資料Websiteに移行しつつあります。こちらのブログに残っている記事は内容が古くなっている場合もありますので、ご了承ください。
「狭山事件」と聞いて、何を思い浮かべるでしょうか。「知らない」という人も多いと思います。「『となりのトトロ』の原作になったって噂がある事件のこと?」という人もいるかもしれません。また、ちょっと知っている人でも、「なんかよく知らないけど部落差別とかの関係の事件でしょ?学校の社会や道徳の授業とかで聞いたことがあるけど、面倒臭そうだしどうでもいいよ」という人もいるでしょう。しかし、そういう人たちは確実に人生の楽しみの何%かを損していると思います。それほど、この事件は「面白い」。という言い方が不謹慎であれば、「興味深い」のです。特に、このブログに立ち寄っていただいた方は「事件」に興味がある人だと思います。そういう人なら、この事件のことを知れば知るほど、よりいろいろなことを知りたくなると思います。それほど奥が深い事件です。
「狭山事件」を一言でまとめてしまうと、「昭和38年(1963年)5月1日に、埼玉県狭山市で女子高生が誘拐されて殺害された事件」ということになります。このブログで面白いとか興味深いとか言うのは、この女子高生殺人事件そのものに関して、です。一般的に「狭山事件」と言う場合には、「その女子高生誘拐殺人事件の犯人として被差別部落出身の男性が逮捕・起訴されて有罪とされたえん罪事件」を指している場合も多いのですが、そちらについては詳しく解説されたサイトがたくさんありますので別途ご参照ください。このサイトではあくまでも誘拐殺人事件の方を本筋に追いかけていきます。