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狭山事件: OGについて その2

埼玉新聞昭和38年5月7日付朝刊埼玉新聞昭和38年5月7日付朝刊

昨日のエントリを読み返して、ついいつもの調子で「OGが……」とか書き始めてしまいましたが、これだとワケワカですね。

OGについての詳細はこちら を参照してください。被害者宅で終戦直後(昭和22~23年頃)に作男をしたことがあったり、死体発見現場近くで新居を建設中だったり、といった状況から事件直後からかなり濃厚な嫌疑をかけられていたにも関わらず、5月6日に自殺してしまった男性です。

この人が6日朝に自殺してしまったことから、「こんな悪質な犯人はなんとしても生きたままフンつかまえてやらねば…」と当時の篠田国家公安委員長の至上命令(本日の画像)が下り、そのために刑札としても被差別部落地域に無理な捜査を行った挙げ句に石川さんを「生きたまま」の「犯人」としてでっち上げることになったということで、今日狭山事件が「冤罪事件」「部落差別事件」として世に知られることになった遠因とも言える人でもあります。

2ちゃんねるなどでの議論においてはこの人はSG巡査部長 と並んで事件への関与を疑われているわけですが、書籍として出版された推理本では意外に重視されていないという不思議な現象もあります。

個人的には、何らかの形でやはり事件に関わっていたのではないかと考えます。なんと言っても自殺(?)のタイミングがタイミングですし。

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狭山事件: OGについて その1

サンケイ新聞昭和38年5月7日付夕刊サンケイ新聞昭和38年5月7日付夕刊

この記事で、OGが当日S通運を 退社した時刻は少なくとも午後4時過ぎであったことがわかります。被害者が学校を出た時刻と同様のロジック(「目撃者が対象の人物を目撃して駅に向かったところ○時○○分の電車に乗り遅れたので時間をよく覚えている」という証言)を認めると、OGがS通運を退社した時刻と被害者が学校を出た時刻の間にはおよそ1時間の差があることになります。

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