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狭山事件: 『46年目の現場と証言』 その5

2009 年 2 月 20 日 金曜日

発売告知が出ました。嫁を質に入れてでも購入してください。

伊吹隼人著「狭山事件ー四十六年目の現場と証言」
定価1,800円(内税)
2月25日発売
出版社は風早書林
2月18日より直販予約受付開始となります。
「購入部数・お名前・連絡先電話番号・住所」を記入の上、
FAX 048-464-8505
Eメール kazahayashorincc@yahoo.co.jp
で申し込んで頂ければ、送料・郵便振替手数料(会社側負担用紙を同封)無料で直送されます。
書店の店頭に並ぶのは3月1日頃からになると思います。
アマゾン等で出る日は不明です(通常少し遅れる模様)。

狭山事件: 被害者とOGの時系列的動向

2009 年 2 月 8 日 日曜日

被害者とOGの当日の行動を時系列的にまとめてみました。事項の取捨選択は私(管理人)の主観によります。時刻については証言者本人が一番最初に言った時間を採用しています。時刻に関しては後で刑札が「つじつまが合わない」として変更させていることも多く、関係書籍ではその変更後の時刻が採用されていることも多いのですが、最初に言い出した時刻には証言者本人なりの根拠があると思われること、「原証言」としての価値があると思われることからその取り扱いとしています。もし異論があればコメントでご指摘ください。

第一ガード、第二ガード、S自転車店等の位置関係については、事件関係地図も参照してください。大きい地図の方でいうと、ほとんどの関係地点が一番左側の方(西武線の線路沿い)に集まっています。

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狭山事件: 石川さんが国連の委員会で証拠開示を訴え

2008 年 11 月 9 日 日曜日

「狭山の風」メルマガによると、狭山事件の容疑者として逮捕され、無期懲役の刑を受けた石川一雄さんが、スイスの国連自由権規約委員会において「日本政府に『証拠開示』をするよう勧告してほしい」という訴えをしたそうです。

石川さんは現在、無期懲役の仮釈放という形で日常生活をしています。刑を終えて自由になっているわけではなく、保護観察下に置かれている上に、今後罰金刑以上の刑罰を受けた場合には無期懲役で刑務所に逆戻りということになります。ご本人の言葉を借りれば「見えない手錠」がついたままの状態ということです。同じ理由でパスポート取得や海外旅行はできないと言われており、石川さんサイドもあきらめていたのですが、今年9月になってパスポート取得が認められ、今回の国連自由権規約委員会への参加という話になったそうです。

これまで何度か触れたように、狭山事件に関して、積み上げると高さ2mにもなる証拠が検察に未開示のまま保管されているとのことで、中には弁護側が何度も開示請求したにも関わらず裁判所と検察が一体となって拒否してきたものもあります。そういった証拠類をすべて開示して欲しいというのが石川さんが今回国連の委員会で訴えたことで、ある意味で日本の司法行政の問題点を浮き彫りにするものです。以前も説明したように、刑札・検察は国民の税金を使って大量の人員を動員し、捜査権を持って証拠集め(時には証拠ねつ造(笑))をしますから、集めた証拠はすべて(弁護側の請求がなくても)開示するのが筋というものでしょう。これに対して弁護側は捜査権も人員も予算もない中で資料集めをしなくてはならないという制約があります。本来は、この証拠集めに関する非対称性を補うのが推定無罪の原則(いわゆる「疑わしきは罰せず」)なのですが、日本においてはそれが守られずにえん罪が生み出され続けているという状況です。

状況はそれとして、このブログ的な本題である狭山事件の真犯人捜しの観点から開示してほしい証拠として、下記のようなものがあります。

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狭山事件: OGについて その4

2008 年 8 月 2 日 土曜日

埼玉新聞昭和38年5月7日付朝刊埼玉新聞昭和38年5月7日付朝刊

証言の矛盾を解消しようと前回導入した「OGはいったん外出してまた戻ってきたよ説」についても、それにさらに矛盾する証言があります。

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狭山事件: OGについて その3

2008 年 7 月 31 日 木曜日

OGに関する資料を読み返していたら、前回箇条書きで書いた内容は、実は刑札の捜査資料(で、石川さんの裁判の際に弁護側に開示されたもの)をベースにしていることに気がつきました。

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狭山事件入門: 被害者の家族 その2

2008 年 7 月 17 日 木曜日

サンケイ新聞昭和38年5月23日付夕刊より 長兄の手記サンケイ新聞昭和38年5月23日付夕刊より 長兄の手記

コメントで、被害者の家族がみなポエムのような文章を残しているというご指摘をいただきました。確かにそういう感じなので、既に「狭山事件関連資料」サイトの方に掲載した資料ばかりで恐縮ですが一応ここにまとめておきます。

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狭山事件入門: 事件関係地図

2008 年 6 月 14 日 土曜日

狭山市詳図(1966年、人文社刊) その1狭山市詳図(1966年、人文社刊) その1

狭山市詳図(1966年、人文社刊)狭山市詳図 その2

上の地図は、1966年(狭山事件が発生した1963年の3年後)発行のものです。以前のエントリでも論じたように、この時点で「狭山東中」になっていた中学(現在の入間川東小の位置)を「入間川中」という古い表記にしているなどいくつかの問題はありますが、私(管理人)がこれまで見つけた中では一番当時に近いと思われる地図です。現在の地図(例えばGoogle Map)と比べて見て下さい。

赤字の注記はすべて管理人が入れたものです。縮尺的には、その1の方は右端の方にある被害者宅から佐野屋までが直線距離でちょうど1kmくらいです。その2の方では、入間川駅(現狭山市駅)から三柱神社(荒神さま)までだいたい250~300mくらいです。

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狭山事件: 被害者の日記

2008 年 5 月 9 日 金曜日

『無実の獄25年 狭山事件写真集』より『無実の獄25年 狭山事件写真集』より

被害者は事件当日(昭和38年5月1日)朝まで日記を残しており、一部は公開されています。今日の画像はその日記です。

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狭山事件: OTくんの目撃証言 その6

2008 年 4 月 8 日 火曜日

毎日新聞 昭和38年5月6日付夕刊毎日新聞 昭和38年5月6日付夕刊(再掲)

今回の記事は、以前に掲載したものと同じ部分です。

この記事に掲載された写真でOTくんが被害者に会ったとされている場所は、道が大きく曲がっています。当時の地図現在の地図を見る限り、これはこの場所ではないかと思われます。

もう一つ、この記事を再読してわかるのは、当初OTくんが被害者を見かけたのは3時頃と報道されていたことです。被害者は2時30分の授業終了後に学校を出てガード下や沢地区まで移動し、そのあといったん学校に戻り、再度3時23分に学校を出るところを目撃されたのではないかという仮説とほぼ合致しています。

いずれにしても、当初の報道が最も作為が少ないと考えると、午後3時前後にOTくんが沢近辺で被害者に会ったという仮説は、それなりに高い信憑性を持っているのではないかと思います。

狭山事件: OTくんの目撃証言 その5

2008 年 3 月 30 日 日曜日

S自転車店S自転車店(当時)。現在はバイク屋さん

OTくんが被害者と会ったと証言したS自転車店です。現在はバイク屋さんになっています。これも先日現地を訪問した際(2008年3月25日)に撮影したものです。

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