Tag Archives: 足利事件

その他: 徒然草

世にかたりつたふる事、まことはあいなきにや、おほくはみな虚事なり。あるにも過ぎて人はものを言ひなすに、まして年月すぎ、境も隔たりぬれば、言ひたきままに語りなして、筆にも書きとどめぬれば、やがてまた定まりぬ。

(徒然草)

世間で語りつたえる事は、ほんとうの事実はつまらないのか、たいていはみなでたらめだ。人は、事実以上にものごとを言いたてるうえに、まして年月もたち、場所もかけ離れたところだということになると、言いたいほうだいにでっちあげて、文章にまで記録してしまうと、それでもう事実ということになるのだ。

小西甚一『古文研究法』(上記・徒然草の文章の現代語訳)

学生時代の参考書を読み返していたら、非常に含蓄のある言葉が目に付いたので、今更ですが書き留めておきます。狭山事件でも、下山事件でも、津山事件でも、この言葉に当てはまる本や人が容易に思い浮かびます。

「年月すぎ、境も隔たりぬれば、言ひたきままに語りなして、筆にも書きとどめぬれば、やがてまた定まりぬ」
この言葉は、本ブログを続ける限り心に留めておきたいと思います。

 

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その他: 足利事件のDNA鑑定について

足利事件のDNA鑑定について、「インサイドアウト脳生活。」さんにて専門家による解説がなされています。

さすがに専門家だけあって、わかりやすく詳細な内容です。この手の科学の話は、妙に一部分だけ引用するとその部分だけが文脈から離れて一人歩きしてしまう危険もありますので、是非ともリンク先で原文をお読み下さい。「DNA鑑定」の実際がよくわかります。

ただし、「後編」の最後から2番目の段落(「冤罪の確率」)に関してはあまり賛同できません。当時の技術的限界によって誤判定が生まれ、そのために結果的に冤罪となってしまったのであれば誰も何も非難しないでしょう。足利事件で非難されるべきなのは、検察・警察が当時のDNA鑑定の科学的限界を承知した上で、DNA鑑定装置の予算を確保するために故意に菅家さんを冤罪に陥れた点にあると思います。

「検察や警察がそのようなことをするはずがない。妄想に決まっている」という方は、下記の時間経過をご覧下さい。

1990年5月12日 足利市内でMちゃんが行方不明に。翌日遺体発見。
11月 菅家さんを警察がマーク開始
1991年8月21日 菅家さんの捨てたゴミ(を無断で警察が回収しもの)にあった精液を大阪府警科警研にDNA鑑定依頼
8月28日 警察庁がDNA鑑定機器を全国へ導入するための概算要求
12月1日 菅家さんを任意同行。同日、DNA鑑定の結果を突きつけられた菅家さんが「自白」
12月26日 DNA鑑定機器導入が復活折衝で認められる

(この時系列は雑誌「冤罪File」 No.03より引用しました)

結局のところ、足利事件は、警察や検察の担当者がたかだか1億円程度の予算を確保するために故意に引き起こした冤罪事件であると私(当ブログ管理人)は判断しています。

そして、その目的のためにマスコミを利用するのが警察や検察のいつもの「手」であり、マスコミも嬉々としてそれに積極的に荷担してきたことは、下記のエントリで確認したとおりです。「100万人から1人を絞り込む能力」「スゴ腕DNA鑑定」などという明らかに実態にそぐわないキャッチフレーズは、どう考えてもマスコミの独自取材ではなく、警察や検察が記者に話したことを無検証・無批判で掲載しただけでしょう。

実は、これは今(2010年1月)問題になっている小沢一郎氏の政治資金問題と同じ流れです。小沢氏周辺が取り調べを受けていることを「国策捜査だ」と言っている人や政党がありますが、アホかと。あれは明らかに検察という一組織が可視化法案潰しのためにやっている組織防衛行動であって、「国策」などではないと思います。
念のために書いておくと、私は小沢氏が無実だとか小沢氏を逮捕するべきではないと言っているわけではありません。その辺は実際に証拠があるならどんどんやるべきでしょう。しかし、その捜査に検察を駆り立てている動機は明らかに可視化法案潰しであり、そのために最も効果的であろう小沢氏を狙い、さらにはいつものようにマスコミを使って世論形成を図っていると私は考えています。

この辺は長くなりそうなのでまた改めて。

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冤罪事件一般: 亀山継夫 最高裁元裁判長のインタビュー その1

テレビ朝日のニュースステーションで、足利事件の最高裁上告棄却決定が出された際の裁判長・亀山継夫氏のインタビューを見ました。見た瞬間、そのあまりのレベルの低さに笑うしかない状況だったのですが、よく考えるとこのインタビューには現代日本における司法の問題点、特に、以前も問題にした「なぜ冤罪は生み出されるのか」がかなりわかりやすく現れていると思います。なので、予定を変更してこれからしばらくこの問題について論じてみたいと思います。下山事件関係の続きは少々お待ちください。

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狭山事件: 事実調べ実現か

埼玉新聞9月10日付記事で、東京高裁の門野博裁判長、検察、弁護団による協議が行われる(行われた?)とのことです。事実調べ、あるいは検察が持っているという膨大な証拠の開示に向けて、一歩前進する可能性があると思われます。

まだまだ予断は許されませんが、しかし最近の足利事件などの流れを見ても、期待はできると思います。



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その他: 冤罪は誰が作るのか その2

yomiuri-911202読売新聞 平成3年12月2日付朝刊

次に、読売新聞です。

  • “ミクロの捜査”1年半
  • ロリコン趣味の45歳
  • この「週末の隠れ家」には、少女を扱ったアダルトビデオやポルノ雑誌があるといい、菅家容疑者の少女趣味を満たすアジトとなったらしい

しかし、この「ロリコン趣味」「少女趣味を満たすアジト」というのは、根拠の全くない捏造報道でした。

yomiuri-911203読売新聞 平成3年12月3日付朝刊

翌日の3日付で、菅家さんが借りていた家には

雑誌類を含め、ロリコン趣味を思わせる内容のものはなかった

という記事が小さく報じられています。しかし、前日の2日付で「ロリコン趣味」「少女趣味を満たすアジト」などという偏見に充ち満ちた捏造を報道したことについては訂正すら掲載されていません。
逆に、3日付記事の見出しは

自宅からビデオなど押収

であり、普通の読者であれば「ああ、今度逮捕された男はロリコンおやじで、自宅からロリビデオも押収されたんだ」という印象を受けるでしょう。

ちなみに、上の新聞記事には、今回ブログ炎上した当時の県警刑事部長(捜査本部長)さんも登場しています

今回の件を受けて、「だから世間知らずの裁判官は…」とか「裁判員制度なら違ったかもしれない」という意見もあるようです。しかし、断言しても構いませんが、裁判員制度があったとしてもまず間違いなく菅家さんは有罪(冤罪)になったと思います。
こういうセンセーショナルな事件が起きた時に警察の発表を無批判・無検証で、時には誇張や捏造まで交えて報道するマスコミと、そのマスコミによって誘導された得体の知れない「世論」こそが、冤罪を生み出す原動力であるからです。
映画「黒い潮」にあった言葉が、今こそ胸にしみます。

そこには無責任な、興味本位の記事だけが、大きくあるいは小さく並んでいた。そしてその文字は、真実とは遙かに遠い憶測の羅列であった。(中略)それは、数知れぬ目が形成している、真実とは微塵も関係のない、そのくせ真実を押し包み、押し流してしまう、厚顔なドス黒い潮(うしお)である。

「冤罪は誰が作るのか」という問いのまず第一の答えが警察・検察であり、当時の捜査担当者がまず最初に糾弾されなくてはならないことは言うまでもありません。しかし、警察・検察にいいように操縦されて世論を思い通りに誘導するマスコミという存在なくして、警察・検察の犯罪は成功しません。そして、マスコミが全く反省しないのは、今回の足利事件の報道で、自分たちの罪を無視して裁判所・警察を非難する記事ばかりを掲載していることからも明らかでしょう。

足利事件に関する本はこちら

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その他: 冤罪は誰が作るのか その1

asahi-911203朝日新聞 平成3年12月3日付朝刊

前回のエントリにて、菅家さんの冤罪を作る、少なくとも片棒を担いだのはマスコミであることを指摘しました。今日はその確認です。

上の朝日新聞では、DNA鑑定を無条件で持ち上げています。

  • スゴ腕 DNA鑑定
  • 100万人から1人絞り込む能力

警察発表を鵜呑みにした検証全くなしのトバシ記事です。それでもここまで断言されてしまうと、見出しだけ見た人は「DNA鑑定ってすごいんだ」「DNA鑑定で100万分の1の確率で本人と判定されたんだから犯人に間違いない」と思うでしょう。
細かい説明は抜きにしますが、警察側の発表でも、当時使っていたDNA鑑定方法による菅家さんと同じ型のDNA型の出現比率は0.83%と、ほとんど1%=100人に1人のオーダーでしか絞り込みができないものでした。「100万人に1人」と「100人に1人」ではえらい違いです。当時17万人の人口があった足利市で、100万人に1人であればまず間違いなくそれだけで犯人ですが、100人に1人では同じDNA型の人間が市内だけで数百人いることになるわけで、それだけでは犯人とは特定できないことになります。しかも、最終的にその菅家さんのDNA型そのものが間違っていたわけですから、まさに何をか言わんや、です。

そもそも、記事本文では

血液鑑定と併用すれば、百万人の中から一人を絞り込むことも可能とされ

と書かれており、この時点で記者としても「100万人に1人」というのは単なる将来の可能性であったこと、しかもDNA鑑定単体ではなく、血液鑑定と併用した場合の数値であることを明らかに認識しています。にもかかわらず見出しでは既に確立された技術のように断言し、ミスリードする。この記事を書いた記者は、菅家さんの冤罪の何%かに荷担した責任を感じたことはあるでしょうか?

足利事件に関する本はこちら

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