下山事件: 試験紙によるpH測定

において、東大裁判科学教室の秋谷教授が持ち出した「による死後経過時間の推定」については、これまでも何度か批判的な記事を書いてきました。これから数回にわたって、この件についてより詳細なご報告&ご説明をしたいと思います。

まず、ジャブ程度に、以前に書いたエントリでご説明した、「試験紙法で0.2pH単位の精度を確実に出すのは実際には不可能」という内容をより具体的にご説明します。

この実験動画をご覧下さい。

これは、pH 6.86の緩衝液(pH値がわかっている液)を青色リトマス試験紙とBTB試験紙で試験した経過ならびに結果の動画です。

pH 6.86は弱酸性ですので、青色リトマス試験紙は赤くなります。しかし、リトマス試験紙は酸性かアルカリ性かを大雑把に判定する程度の試験紙であり、pH値まではわかりません。pH値を判定するには、より精度の高い試験紙が必要になります。

ここで問題になるのは、秋谷教授がどのような試験紙を使ったか、ということです。
『法医学の話』岩波文庫、古畑種基著古畑教授が著書で引用しているpHによる死亡時刻推定のグラフ
上のグラフを見ると、pH5.9~7.6程度までを測定しています。また、当時の新聞記事に、「単位○・二以下は測定不能」とあります。この2点から考えて、秋谷教授が使ったのはBTB試験紙であるとほぼ断言できます。現在でも、中性(pH 7)近辺のpHを判定する試験紙として、BTB試験紙を上回るものは存在していません。

そこで、pH 6.86の緩衝液にBTB試験紙を漬けてみました。その結果が動画の最後の方に出ています。

動画を見ていただくと、以下のことがご理解いただけると思います。

  1. 漬けた直後には、色むらがあります。これは今回使用したBTB試験紙だけの問題ではありません。試験紙は、ろ紙に試薬(BTB試験紙ならBTB試薬)をしみこませて作るため、溶け出した試薬の濃淡で色むらができることが避けられません
  2. BTB試験紙のpH 6.6~7.2の色変化はかなり微妙で、確実にこの「色」が6.8の色と7.0の色の間にあると断言できる状態にはありません。この点は多分に個人の主観が入りますので、「いや、俺には100% pH 6.86と見える」という方もいらっしゃるでしょうが
  3. 色が落ち着いてくるとだんだん乾いてくるので、微妙に色が変わっていきます

要するに、試験紙によるpH判定には、以下のような判定を狂わせる要素があるということです。

  • 色むら
  • 色判定(個人の主観)
  • 濡れた状態から乾いていく中での色の変化

これらの影響を最小限にとどめるために、試験紙法では同一人物が判定することが不可欠になります。
ところが、同一人物が判定したとしても、体調など(例えば寝起きの状態とか)の影響で絶対的な判定が難しいのも実情です。試験紙法で、結果の色チャートにpH 0.2単位の色が印刷されていても、確実にpH 0.2単位で測定ができるとは限らないというのはそういう意味です。

それに対して、誰でも確実に小数点以下2桁の精度でpH値を測定できるのがpH電極法です。というわけで、pH電極を使用して死後の筋肉のpH変化を追試してみました。次回以降試験方法と結果を書いていきたいと思います。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です