本日の画像も相変わらず『津山事件報告書』からの引用です。少年倶楽部昭和12年12月号に掲載された漫画の切り抜きとのことで、鹽田(塩田)末平検事は
犯人は少年倶楽部を愛読し居りその犯行当時の服装も左の切抜漫画からヒントを得たるに非ざるかと思われる。
と書いています。
今だったらマスコミが大喜びで「マンガ脳が生んだ悲劇」「検事も認めたマンガの危険性」などと書き立てることでしょう。
松本清張氏は犯行当日の都井睦雄の格好について
この地方では、夜間川漁をするとき懐中電燈一個を手拭などで頭上に結びつける風習がある。睦雄はこれにヒントを得たものと思える。が、また一方では、彼が愛読していた雑誌「少年倶楽部」昭和十二年十二月号第十頁に剣付銃を構えた日本兵が中国人を誰何している画が載っているので、これに着想を得たようにもとれる。
と書いています。この描写を読んだだけではなんのことやらわかりませんが、本日の画像を見て頂くと意味がわかるのではないかと思います。
個人的に、松本清張氏は「闇に駆ける猟銃」を書くにあたって現地取材はしていないのではないかと思うので、上記の「この地方では…」以下の部分の信憑性には多少の疑問を持っています。しかし、本日ご紹介した画像をもって「睦雄はこの絵を参考に鉢巻きに懐中電燈を結びつける装束を考えた」と言い切るのもどうか、この辺、何かまだ明らかになっていない「元ネタ」があるのではないかという気もします。あくまで単なる個人的意見ですし、推測ばかりで申し訳ないですが、現時点ではそう考えています。