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津山事件: 現地調査終了報告

IMG_3804都井睦雄の墓(2013年5月)

事件からほぼ75年が経過した5月19日、当日はあいにくの雨でしたが、5名の方にご参加いただいた現地調査が無事終了いたしました。

参加者の方には、近くにお住まいで現地に何度も行ったことがあるという方も多く、不慣れな案内役(当方)の話がどこまで参考になったか疑問ではありますが、前日夜の懇親会を含めて愉しい時間をありがとうございました。

B’z(ボーカル・作詞の稲葉浩志が津山出身)ファンの間で、特定の曲の歌詞が津山事件を念頭に置いて書かれているのではないかという噂があるのは知りませんでした。しかも、当方(本ブログ管理人)、両曲ともカラオケで歌いまくっていて、歌詞を見ないでも歌えるレベルの曲でした(笑)。

参加者の方々へ: 睦雄が自殺した場所の詳細についてはこちらをご参照ください。当日もし雨が降っていなくても、木や草が生い茂っていて上がれなさそうな感じでしたので、晩秋あるいは早春でなおかつ雪のない時期に行くのが一番よさそうです。上記の記事で訪問したのは2月でした。

また機会がありましたら、是非ともよろしくお願いします。

   

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津山事件: 増補改訂版補遺 その1

今回の増補改訂版をご購入いただいた読者の方からご質問をいただいています。それを見て、かなり重要なことを書き忘れたことに気が付きました。

一番重要なのは、「おばやん(筑波本の仮名で言う都井イネ)が睦雄の父の本当の母親ではないとすると、本当の母親の墓はどうなっているのか?」というご質問だと思います。

これはかなり深く議論が必要な内容だと思います。これを書き忘れていたのは増補改訂版をご購入いただいた方に申し訳ないので、ご購入いただいた方限定でパスワード制限した形で別エントリを立てさせていただきます。内容はこちら。
パスワードは以下の通りです。(いずれも同じ文字列です)

  • 『津山事件の真実 増補改訂版 付録付き版』78ページの最初の3文字
  • 『津山事件の真実 増補改訂版 付録なし版』76ページの最初の3文字

 

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保護中: 津山事件: 増補改訂版補遺 その2

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津山事件: 都井睦雄の墓 その4

IMG_1937雪をかぶった睦雄の墓

久しぶりに津山事件に関する現地行を実施しました。というか現在まだ現地のそばの湯郷温泉にいます。昨日は、ときおり吹雪に近い雪が降る中、都井睦雄の墓を訪問してきました。上の写真は雪をかぶった睦雄の墓です。

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津山事件: 都井睦雄の祖父母の墓 その3

前回エントリで、「結核で1年の間に家族3人が亡くなるものか」という疑問を提示しました。また、コメントでも、「実は死因はインフルエンザだったのではないか」というご指摘をいただきました。

私も、睦雄の両親と祖父の死因が結核ではなくインフルエンザだった可能性があると思っています。ただし、3人ともインフルエンザとすると、逆に今度は3人の死亡日が離れすぎていると思います。というわけで、最初の祖父はインフルエンザで、それが両親にうつって(もしかしたら、父親が軍隊で結核をもらってきて保菌状態だったのかもしれません)抵抗力が落ちて結核を発症、インフルエンザの影響もあって急速に悪化して亡くなったのではないかというのが現時点での推測です。その意味では、筑波本も合同新聞も間違ってはいない、と。

いずれにしても、1年以内に近親者3人を亡くしたおばやんのショックは大きかったでしょう。後年、睦雄が中学に入りたいと言ったときに「わしを置いていくのか」と反対したのも、夫と息子夫婦が相次いで亡くなった後に、ガランとした家にとり残された経験というか、トラウマが原因だったのではないかと思います。

睦雄の両親だけでなく祖父もほぼ同時期に亡くなっていたことを知ったときに個人的に衝撃的だったのは、以上のようなことを考えたことが理由です。中学に進学できなかったことは睦雄が津山事件を起こした理由の一つでもありますし、そもそも祖父と両親が健在なら、睦雄も山奥の中農の跡取りとして幸せな暮らしができただろうと思います。家族の不幸な歴史が、事件に向かって一直線に収束していくような、そんな錯覚も覚えます。

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津山事件: 都井睦雄の祖父母の墓 その2

mutuo_grandpa祖父の墓碑

筑波本では「父方の祖父はすでに六十二歳で亡くなっていた」としか書かれていませんが、墓碑銘によると実際には祖父が亡くなったのは大正7年(1918年)7月でした。つまり、都井家では

  • 祖父: 大正7年7月18日
  • 父: 大正7年12月21日
  • 母: 大正8年4月27日

と、1年足らずの間に相次いで3人が亡くなったことになります。

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津山事件: 都井睦雄の墓 その3

mutuo_haka_3都井睦雄の墓(ほぼ確定)

以前のエントリ(12)では、睦雄の墓がどの石なのかいくつか説があって、どれが本当の睦雄の墓かわからないと書きましたが、おそらく上の写真の左手前に写っている丸石が睦雄の墓ということでFAと思われます。

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狭山事件: 両墓制について

「埋め墓」
「埋め墓」:詣り墓からは100~200mほど離れた、寺の裏手の墓地のはずれにある

「詣り墓」
「詣り墓」:「拝み墓」とも。寺の表側の墓地にある

前回エントリで再度調査・確認の必要があるとした、被害者宅における「両墓制」の可能性について、改めて現地調査を行いました。参加者は、伊吹隼人氏と新井泉氏です(「狭山事件を推理する」サイト管理人氏は都合により不参加)。

結論から申し上げると、「両墓制」は宗派とは関係ない土着の習俗に近いものであり、真言宗智山派だから両墓制ということはないこと、狭山市内で両墓制を行っていた区域は入間川沿いの一部の区域(被害者宅とは相当離れた地区)に限られることが改めて確認されました。従って、「狭山事件を推理する」サイトにおける被害者宅は両墓制ではなかったという議論は、現時点では妥当なものであることがほぼ再確認されたと言ってよいと思います。

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