「死後」「pH変化」でググると、一番上にこんな論文(以下「東北農業研究論文」)が見つかります。
これは、屠殺時に延髄・脊髄を破壊した牛とそうでない牛の筋肉の死後のpH変化を測定した論文です。
このpH曲線が秋谷教授の「標準曲線」と大幅に異なる大きな理由は、以下の2点にあると思われます。
- 東北農業研究論文は屠殺後の牛を4℃で保存した結果だが、秋谷教授の実験では25℃ないし30℃で保存していた
- 東北農業研究論文においては肉に直接肉のpH測定用プローブを刺してpH測定を行ったのに対し、秋谷教授の実験では肉をすりつぶして水に溶かし、その水のpHを測定した
したがって、曲線の形状が異なること自体を問題にするつもりはありません。
しかし、東北農業研究論文で注目すべきと思われるのは、筋肉の部位、ならびに、延髄・脊髄を破壊したかしなかったか(筋肉に死亡前にストレスを与えたか与えていないか)で、pH変化が大きく異なるという点です。特に、脊髄に近い大腰筋では延髄・脊髄破壊の有無で大きな差が現れています。
要するに、他殺説論者が言うように下山総裁が死の直前に拷問を受けていたのであれば、その筋肉の死後pH変化は「標準曲線」に当てはまらないということが考えられるということです。
「東北農業研究論文は牛の実験結果であって、それを人間に当てはめるのはバカげている」という反論もあろうかと思いますが、「種差はほとんどない」と断言して、人体実験なしでモルモットの実験結果をいきなり下山総裁の死後経過時間判定に当てはめようとしたのは秋谷教授です。「種差はほとんど無い」が「牛は違う」というのであれば、それなりの根拠が必要になるでしょう。
以下蛇足。
秋谷教授がガラス電極を導入した後も筋肉をすりつぶした水溶液で測定していた理由は、当時は食肉用のニードル型pH電極が存在していなかったことにあると思われます。そもそもガラスpH電極では、ガラスのpH感応膜部分と液絡部(詳しい説明は割愛。ググってください)が同時に測定対象の液体に接しなくてはならず、そのためもあって現在存在するような肉に直接ぶっ刺して使うようなpHセンサもありませんでした。それでいったん水溶液を作ってそのpHを測定するという手法をとっていたと考えられます。
これは面白い資料ですね。今まで知りませんでした。この論文の非破壊牛は「放血のみで屠殺した」とあるので、まさに柴田哲孝氏などの主張する「失血死説(笑)」とぴったりですね。
冗談はさておき、種差もさることながら、死の直前の筋肉の疲労度(この実験の「ストレス」に当たるでしょうか)やその場の正確な温度など、「神のみぞ知る」ようなファクターが結果に大きく影響するはずなのに、そこらへんを強引に無視しているところがこの死後経過時間推定法のひとつの大きな問題だと思います。例えば温度に関して言えば、秋谷氏は「9度くらいの温度の違いなら結果に大きく影響することはないから問題ない」として実験結果の妥当性を主張していたそうですが、言うまでもなく相当な違いが出てくるはずです。