月別のブログアーカイブ: 2月 2008

狭山事件: 当時の狭山市内の中学校

狭山市詳図狭山市詳図(1966年、人文社刊)

前回のエントリの記事で「入間川中学」という名称が出てきました。ところが、文献によっては当日試合があったのは「入間川東中学」になっています。いずれにしても、現在の狭山市立入間川中学校とは別の、現在の狭山市立入間川東小学校の場所(線路沿いの第一ガードそば、川越高校入間川分校や駅からも歩いて5分ほど)にあった中学校であることは間違いないようです。 このあたり、学校の名称と位置について当時と現在ではかなり変遷があり、通称などもあるようで様々な文献や当時の新聞記事ですら混乱が見られます。

そのため、当時に近いと思われる地図で確認しました。以下まとめです。なお、「現在の」という注釈を入れない限り、当時の名称・場所を指すものとします。また、お手数ですが現在の地図(例えばGoogle Map)などを参照していただいた方がわかりやすいかと思います。

(3月8日注記:その後の調べで、以下の記述は全体的に間違いが多いこと、上に掲げた地図は表記が古いことが判明しました。現時点での私(管理人)の考えをコメントに記載しましたのでそちらをご参照下さい)

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狭山事件: 被害者の足取りと野球の試合

東京新聞 昭和38年6月1日付朝刊東京新聞 昭和38年6月1日付朝刊

事件当日(昭和38年5月1日)の被害者の足取りについてはいくつかの証言があります。詳しくは狭山事件を推理するのサイトの方にわかりやすくまとめられていますので、そちらをご参照下さい。ここでは、これまであまり採り上げられてこなかった証言をご紹介します。

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狭山事件: 「プロファイリングで解く重大事件」 その4

『狭山事件 無罪の新事実』『狭山事件 無罪の新事実』

前回のエントリへのコメントで、「狭山事件を推理する」サイト管理人さんより、さのヤに犯人が来たときにA先生もPTA会長と一緒に次姉に付き添っていたという話の出典をご教示いただきました。ありがとうございます。 確かに、上で引用したように、『狭山事件 無罪の新事実』の244ページに

(被害者)の中学の英語担任の(A先生)教諭の参加も大目に見たのもそういうわけである。

という記述がありました。

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狭山事件: 「プロファイリングで解く重大事件」 その3

前回のエントリで論じたとおり、野間宏『狭山裁判』にある先生自身の証言を信用するなら実話ナックルズの説は荒唐無稽で済ませられるのですが、いろいろな証言を総合するとそうもいかないのではないか(可能性として考察する価値は十分にあるのではないか)という気がしてきてしまいます。

最も大きな問題として、A先生が試合のために引率していたと証言している堀兼中学野球部は、事件当日の5月1日には試合がなかったのではないか、という点があります。

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狭山事件: 「プロファイリングで解く重大事件」 その2

まず、事実誤認と思われる点を確認したいと思います。

前後関係から見ておそらく、ここで言及されている「先生」というのは、被害者の中学三年生時代の担任で、事件当日に第二ガード下で被害者を見かけたと証言しているA先生でしょう。被害者の過去の担任でマスコミや事件関係の書籍で採り上げられている「先生」は、この人を除くと高校の先生くらいしかおらず、高校の先生は女性であるために「実話ナックルズ」の記事の文脈から考えて該当しないからです。以下、野間宏『狭山裁判』に叙述されているA先生の証言を中心に検証します。

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