前回までの考察の中でとりあげてきた、被害者のクラスメートであるNTさんの、「被害者は3時23分に出て行った」という証言の原文を念のため確認しておきます。
この証言は、昭和38年11月18日の一審第六回公判でのものなので、証言者の記憶もまだ生々しかったものと思います。元の公判調書に誤字・脱字も多いのですが、基本的にそのまま再現していきます。あまりにもあからさまな誤字・脱字には(ママ)をつけておきます。
長くなりますが、要約してニュアンスを失ってもいけないので、全文引用します。
検察官(河本)
あなたは県立高校入間川分校(ママ)一年生ですね。はい。
ことしの五月一日殺害された(被害者)さんはあなたの級友ですね。
はい。
その五月一日のことについて伺いますが、その日の昼ご飯は何を食べましたか。
カレーライ(ママ)です。
それはあなたがたのクラスの人みんな同じですか。
はい。
どうして皆さんが同じものを食べたんですか。
調理の時間に作ったから実習したからです。(ママ)
その調理の時間というのは何時間目でしたか。
二時間目から四時間目です。
そうすると昼休みの前ということになりますね。
はい。
その時間に自分たちで作ったカレーライスを食べたわけですか。
はい。
食べた場所はどこですか。
調理室です。
時間は大体何時頃食べたと思いますか。
十一時五十分頃からだと思うんです。
大体皆さん一緒に食べたんですね。
はい。
そのカレーライスの材料ですね、ご飯のほうは別として、そのカレーのほうに入れたもの、どういったものを入れましたか。
玉ねぎ、にんじん、肉、それからじゃがいも、あと福神漬があったと思います。
それからその日は何時間めまで授業がありましたか。
六時間めまであります。
六時間めは何時頃終わるんですか。
二時三十五分です。
(被害者)さんは六時間めが終わってからすぐ下校しましたか。
いいえ。
どこで何をしていましたか。
六時間めが終わってから自分の席で本を少し読んでいました。それから教室を出ていきましてあと友だちがそれから呼んだんです。
自分の教室の席で本を読んでいたと。
はい。
で(被害者)さんが帰ったのは何時頃ですか。
三時二十三分頃です。
そういう細かい時間を憶えているのは何か理由がありますか。
はい。あたしたちその五月一日ぐらいの時は三時二十四分にいつも帰っているんです。だから友だち――いっしょに帰る友だちが本を読んでいる時に時間を見たんです。何分頃か。そしたら三時二十三分なんです。
あなたがその三時二十四分の電車で、入間川発の電車で、帰るわけですね。
はい。
でそれに乗ろうと思って時計を見たというわけですか。
はい
でその時は(被害者)さんはいたんですか。
はい、いました。
で(被害者)さんが教室から出て帰っていったのはその頃だったわけですか。
はい、
帰るとき何かあなたに挨拶してゆきましたか。
はい、さようならといいました。
実際に帰って行くところをあなたは見ましたか。
はい 見ました。
どこを通って行くのを見ましたか。
教室のわきに自転車置場があるんです。そこから自転車ころがして行きました。
あなたは教室の中から見ていたんですか。
はい。
その頃雨は降っていましたか。
降ってなかったと思うんです。
それからもう一つ、その日あなたは(被害者)さんに何か貸したものがありますか。
はい。
何を貸しましたか。
友だちから借りた本です。
なんという本ですか。
女学生の友です。
何月号でしたか。
三月号か四月号です。
弁護人(橋本)
調理の時間というのは毎週きまって水曜日にあるんですか。実習ですか。ええ。実習は時々です。
時々ですか。
はい。
いつもあるというわけじゃないんですか。
ええ。
いつもあるという、毎週決まってあるというわけじゃないんですね。
はい。
カレーライスができあがったのは何時頃ですか。
十一時…
十一時頃ですか。
いえ十一時四十五分頃だと、
十一時四十五分頃ですか。
はい。
(被害者)さんがカレーライスを食べているのをあなた見たわけですか。
見ませんでした。
見ませんですか。
はい、
この日、あなたは、おうちへ帰るのに三時四十二分の電車に乗ったんですね、
五十四分です。
ああ三時五十四分、
はい
それに乗るために学校を何時頃出たんですか、
四十分頃です。
三時四十分頃。
はい、
(被害者)さんはあなたが帰るよりも先に学校を帰っていったんですか。
はい
大体何時頃だと思いますか。
三時二十三分頃です。
三時二十三分
はい、
そうすると、授業が、六時間めの授業が終わってから一時間くらいいたということになるんですか。
はい、
弁護人(副主任)
一点だけお尋ねします。(被害者)さんが三時二十三分頃に帰ったということなんですけどね、それまであなたと一しょに教室におられたわけですか、(被害者)さんは。はい、
あなたといっしょに教室におられた。
ずうっとじゃありませんけれども、
ええ、あの、要するにその頃ですね、
はい、
それでその日あなたがお帰りになった電車は三時二十四分のですか。
いえ、三時五十四分のです
ああ、五十四分のですか。
はい、
三時二十四分のではないんですね、
はい。
裁判長
(検察官に対し)よろしいですか。……(被告人に)じゃ被告人は。被告人
ありません。
コメントで私が書いた内容と一部ニュアンスは違いますが、実際の証言は上記の通りです。
私なりにNTさん証言の内容をまとめると下記の通りです。
- 昼食のカレーライスは11:45頃できあがり、11:50頃からクラス全員で食べた。ただし、NTさん自身は(被害者)さんがカレーライスを食べているところは見ていない
- カレーライスの中身は玉ねぎ、にんじん、肉、「それからじゃがいも、あと福神漬があったと思います」
- 六時間目が終わったのは2:35
- (被害者)さんは六時間目が終わってから教室の自分の席で本を読んでいた。それから教室を出ていって、「あと友だちがそれから呼んだんです」
- NTさんはいつも友だちと一緒に3:24入間川発の電車に乗って帰っていた。それで時計を見たら3:23で、その時に(被害者)さんが教室のわきの自転車置場から「自転車ころがして」行くのを見た
- その時雨は降っていなかったと思う
- (被害者)さんに「女学生の友」という雑誌の三月号か四月号を貸した
- NTさんは(被害者)さんが帰るまで「ずうっと」いっしょにいたわけではない
- 3:24発の電車に乗り遅れたので、その日は3:54発の電車に乗って帰った
- 3:54発の電車に乗るのに、3:40分頃学校を出た
上の話からの、私個人の考察・推論は下記の通りです。
- やはりこのNT証言の「3:23に被害者は自転車ころがして出ていったよ説」はディテールも確かで、確実な証言と思われる
- 授業後自分の席で本を読んでいたというのは、『現地からの証言』や当時の埼玉新聞の報道にある「HRを待たずに出ていった」話と矛盾する
- 『現地からの証言』もNT証言も「自転車(を)ころがして」出ていったことになっている。それでもやはり、授業終了後すぐに一度出ていって、そのあと時間は不明だが教室に戻ってきて、3:23に出ていったというのが一番矛盾が少ないと思う。しかし、前回問題提起したように、その短時間のために坂を登って正門から見て校舎の反対側にある自転車置場に自転車を戻すのはめんどくさくないか?とも思う
- 「あと友だちがそれから呼んだんです」が意味不明。だが、これは実はかなり重要な証言のような気もする。上記の矛盾にも絡んできそう
- NTさんが3:24の電車を逃して実際に乗った電車が3:54であったことから、当時の西武新宿線は本数が少なく、朝夕のラッシュ時を除いては30分に1本しか(少なくともNTさんが利用できる電車が)なかったと思われる。授業が2:35に終了した後ホームルームを終えると2:50頃で、2:54発の電車には間に合わないため、3:24発の電車を普段使っていたということではないか
- そうなると、『現地からの証言』で狭山市民の会が推測したような、NTさんが実際の話を1時間ずらして証言しているということはありえない(2:24はまだ授業中)
- 当日、3:24発の電車に乗り遅れた理由は不明。おしゃべりに夢中になったとかその辺か
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管理人様
NTさんの公判での証言を全文掲載していただき大変興味深かったです。
私は事件当日の授業終了後、被害者は卓球をしていたと思っていましたが錯誤に陥っていたようです。このNTさんの証言が確度の高いものだとすると、被害者は授業終了後すぐには下校せず、本を読んでいた事になります。(断定はできないかと思いますが)でも、NTさんの本を借りて読んでいる風ですね…「あと友だちがそれから呼んだんです。」とは[呼んだんです]が[読んだんです]の誤字・誤植でしょうか?NTさんの本を被害者の後で別の友人が読んだと解釈しました。しかし、別の意味がありそうで引っ掛かります。
NTさんの行動にリンクさせて被害者の授業終了から午後3時23分の行動が推測できないかな?と思っていたのですが、やはりはっきりしませんですね。私は被害者が朝から宣言していた「今日は早く帰る」という―早く―の起算点は授業終了時ではなく、いつもより―早く帰る―という意味ではなかったかと認識したいと考えています。
如何でしょうか?
被害者が授業終了後にHRを待たずに出ていったことについては、事件直後からも報道されていますし「狭山市民の会」の調査でも同様の証言が得られています。逆に、授業終了後も校内にいたという証言としては、このNT証言と担任の宇賀神教諭の証言があります。
狭山事件の特徴である「どんな仮説にもその反証になる証言・証拠が存在する」という状況にこれほど当てはまる事象ももないかと思います。3時23分に被害者が教室を出ていったことに関してはNT証言を採用しつつ、NT証言を無視して2時35分の授業終了後すぐに被害者が出ていったと考えるというのが私(本ブログ管理人)の現在の立場ですが、それが矛盾していることは一応自覚しています。ただ、他の証言とすりあわせた際に、それが一番妥当な推測ではないかと考えている、という程度のことです。
ご質問に答えると、「今日は早く帰る」というのは、やはり授業終了後にHRを待たずに出ていったことを指しているのではないかと思います。それで出ていった結果、何らかの理由で待ち合わせの遅延を伝えられていったん教室に戻り、3時23分に再度「自転車ころがして」出ていったというのが、現在の証言・証拠等を勘案すると最も蓋然性が高い仮説ではないかと私は現時点では考えています。
私はNT証言が、やけに正確な時刻を把握している事と郵便局員の証言時刻の曖昧さに疑問を感じます。
実際の行動は2:35分の授業終了後すぐに郵便局へ行った後に学校へ戻り、一休みした後に下校したのではないか?と思うのです。
理由は単純 生徒から預かった代金を持ったままで郵便局が閉まるギリギリの時間までノンビリと学校で過ごせるほど被害者少女は呑気ではなかったと思います。
雨が降っていても、その日に行かなければならない義務感から、早々に学校を出て用事を済ませた後に学校へ(先生への報告をする気だったのかも?)戻り、放課後を過ごした後に下校したというのが私の推察です。
昭和の当時、郵便局や銀行へは3時を過ぎたら閉まるという漠然としたイメージがあったので、そのように考えました。
夢想さんへ
NTさんは検察官に「なぜそこまで細かい時間まで覚えているのか」と聞かれて、「3時24分の電車に乗ろうと思って時計をみたら3時23分で、その時にY枝さんが『さようなら』といって教室を出て行ったから」とはっきり証言していますし、これは特に不自然な証言ではないと思います。
あと、「被害者の郵便局立ち寄り」の件ですが、被害者はこの日朝すでに代金は払い終えており、領収書のみを受け取っていない状態でした。ですから、「代金をもったまま」とする夢想さんの推理はあてはまりません。また、担任教諭は「3時頃教室にいた」と話していますが、特に被害者から報告などは受けていないようです。
なお、当時の銀行・郵便局の窓口業務の時間ですが、これは全く今と同じで銀行が3時、郵便局(狭山を含む小郵便局)の貯金関係が4時、郵便が5時まででした。実際、事件の日に被害者と応対した局員も、最初は「被害者が窓口に来たのは3時から3時10分の間」と話し、その後変更はしたものの最終的には「3時20分から30分の間」と証言しています。
「あと友だちがそれから呼んだんです」が意味不明。の部分ですが、「呼んだ」ではなく「読んだ」であれば、何の違和感も無いと思います。