狭山事件入門: 死亡推定時刻

被害者の死亡時刻については、「狭山事件を推理する」サイトに詳細な検討があります。私(管理人)としても全面的にその内容を支持していますので、そちらをご参照ください。

「狭山事件を推理する」内「法医学問題の決着」

以上、終わり。……だとあまりにも素っ気ないので、一応要点だけまとめておきます。詳細については上記リンク、ならびに内容検討である

もご参照ください。

生前の被害者のほぼ確実な目撃証言がある最後の時刻は5月1日午後3時23分。遺体が発見されたのが5月4日午前10時30分。この2つの時点の間のいつ被害者が殺害され、埋められたのかというのは、狭山事件を推理する上で一番の基本になる部分です。基礎になる情報には以下のようなものがあります。(以下の情報はほぼ完全に「狭山事件を推理する」サイト(上記)に依拠しています)

なお、遺体の解剖が実施されたのは5月4日午後7時~9時で、被害者宅の電灯の下という悪条件で行われました。そのため、触ってわかる死後硬直の状態や、広い面積で明らかに見える死斑の状態は別として、角膜混濁などはそもそも条件が悪くて見えづらかったのではないかという議論もあります。

  被害者の遺体の状況 法医学的常識 死亡推定時刻
角膜混濁 「微混濁」の状態だった 死後6時間頃から混濁が始まり、24~48時間程度で完全に白濁
ただし、遺体の置かれた状況に左右されやすい
死後6~36時間程度
死斑 遺体の前後(胸と背中の両方)に死斑があった 死後2~3時間で遺体の下になっている方(うつぶせなら胸、あお向けなら背中)に死斑が出始める
ただし、4~5時間経過しただけでは反対側にひっくり返した後死斑は消える。ひっくり返しても死斑が消えない(両面に死斑が残る)ためには7~10時間程度経過する必要がある
死後12時間以上経過すると死斑の形成は止まる
死後7時間程度まであお向けに置かれていて、そのあとうつぶせで埋められてから2時間以上経過
死後硬直 足首に硬直が残っている以外、ほぼ完全に緩解していた 死後2~3時間で硬直開始、10~15時間で最硬直、24~48時間で緩解開始、70~90時間で完全に緩解 死後48~70時間程度の間
胃の内容物 250cc程度のかゆ状の食物が残っていた
茄子、トマト、玉葱、馬鈴薯、人参、米粒、小豆、葉がほぼ原型をとどめた形で残っていた
米・野菜・果物等は食後2~3時間、肉類は4~5時間で胃から腸に送られる 食後2時間、最大でも3時間以内に殺害された

角膜混濁と死後硬直の状況が矛盾していますが、「角膜混濁は環境の影響を受けやすく、また、遺体の解剖は被害者宅の薄暗い電球の下で夜行われたため、参考程度にしかならない」ということで死後硬直の方を優先し、死亡推定時刻を5月1日夕方とした「狭山事件を推理する」サイト管理人氏の結論を私(管理人)は支持します。

ちなみに、この結論は現時点での石川さん弁護団の方向性とは異なります(弁護団では、殺害並びに遺体を埋めたのは5月3日(さのヤでの犯人取り逃がしの後)という論を立てています)が、上記の状況から先入観なしに判断すればやはり5月1日夕方殺害というのが妥当ではないかと考えます。

時系列を再度まとめてみると下記のようになります。

日時 できごと
5月1日午後3:23 被害者が生存している状態を確認された最後の瞬間
被害者は、殺害の直前あるいは2時間以内前に最後の食事を摂った
5月1日夕方~夜 被害者の死亡推定時刻(死後硬直の状況による推定)
被害者の殺害後7時間程度まで、遺体はあお向けに置かれていた。その後殺害後12時間以内に遺体はうつ伏せの状態にされた(埋められたのと同時かどうかは不明)
5月2日深夜(3日早朝) さのヤ取り逃がし
5月4日午前10:30 遺体発見

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狭山事件に関する本はこちら

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