下山事件: 「秋谷鑑定」 その10

「秋谷鑑定」:『資料・下山事件』p.517真正の「秋谷鑑定」:『資料・下山事件』p.517

「秋谷鑑定」:『資料・下山事件』p.518真正の「秋谷鑑定」:『資料・下山事件』p.518

下山事件自殺説紹介ブログ」管理人さんから、『資料・下山事件』に秋谷鑑定が掲載されているとのご指摘を受けました。確認したところ、確かに上記のように掲載されています。

『資料・下山事件』では、資料を引用する場合ほとんどはきちんと出典が明記されています。ところが、この「秋谷七郎鑑定書」に限ってはご覧いただけるとおり出所が明記されておらず、ぱっと見たところ内容もほとんど衆議院法務委員会の質疑で既に引用されているものなので、当該の法務委員会議事録から単に再構成されたものなのか、あるいはその元になった鑑定書が掲載されているものか、判断に苦しみます。

ただし、確認していくと、法務委員会議事録では言及されていなかった内容が1つだけ掲載されています。

下山氏がレキ断される時は、左右両袖のボタンは既になく、カラーボタンと胸の第一ボタンは、かけていない。即ち、開襟の状態であったと推定する。

これだけをもって断言するのも危険だとは思いますが、この「鑑定書」が法務委員会に提出された配付資料である(この「鑑定書」が法務委員会議事録から再構成されたものではなく、こちらの方が元ネタである)蓋然性はかなり高いと思います。

また、当ブログや下山事件自殺説紹介ブログさんでこれまで紹介してきた「文春秋谷鑑定」その他の「」に関する疑問点・反論に関して、再検討が必要になる内容はこの「」の中にはないと思います。

関連記事

4 thoughts on “下山事件: 「秋谷鑑定」 その10”

  1. 司法解剖の鑑定書の要約は出所が明記されているのに、「秋谷七郎鑑定書」はなにも書いていないので、これはどこからとってきたんだろうと私も混乱していました・・・・・・・と、今調べていたら「資料解説」のところ(6-7ページ)に説明ありました。わかりにくい・・・。

  2. ご指摘ありがとうございます。確かにありますね…わかりにくい。というか見落とし多いですね。反省します。

    一応、経緯や状況を把握するのに参考になりそうなので、以下に6-7ページの「資料解説」を引用しておきます。

    資料一六 「秋谷七郎鑑定書」は前述のとおり「桑島直樹鑑定書」とおもに、時効完成直前の昭和三十九年六月二十六日衆議院法務委員会で政府が公表したもので、両方ともそれぞれの鑑定書の結論の部分だけである。その後もこの両鑑定書の全文は公表されていない。時効もすぎ、しかもなお国民の間に疑惑の深い事件であるので、鑑定書全文の公表を強く希望せずにはいられない。

  3. ピンバック: 下山事件2

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です