狭山事件: 新伊吹本: 被害者の呼び出しについて その3

前回のエントリに伊吹さんからいただいたコメントを読んで、一つ重要なことを書き忘れたことに気がつきました。

4月29日の日記でもう一つ、「今日は狭山工業高校の××××を訪れる予定だったのに」も気にかかっています。

  • 当時の狭山工業高校は男子校だったようで、女子高生である被害者が何のために誰を訪れる予定だったのか
  • この呼び出し/待ち合わせはどうやって伝えられたのか
  • そもそもこの伏せ字になっている「××××」は何(あるいは誰)なのか
  • 刑札はこの「予定」について裏付け捜査をしたのか。したのであれば記録は残っていないのか

などなど、疑問は尽きないところで、情報が少なすぎて推理すらできません。

当初「狭山工業高校の××××」に行く予定だったのが学校行事で行けなくなったとすると、被害者の方から「ごめんなさい、行けなくなりました」という連絡をしたと思われ、その際に「じゃあ、5月1日に待ち合わせて…」という話になった可能性もあります。しかし、そうなると(しつこいようですが)なぜ5月1日の待ち合わせを日記に書いていないのかという疑問が残ります。

伊吹さんのご指摘のように事件前日の4月30日分が公開されていないことを含めて、前後の日記に何かしら事件と関係ある記述があったのではないかという気がします。一刻も早い全面的な開示を望みます。

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11 thoughts on “狭山事件: 新伊吹本: 被害者の呼び出しについて その3”

  1. 管理人様と伊吹様のやり取りを興味深く拝見させて頂いております。
    どんな場合なら日記に記さないか?記す基準は何か?を色々と想像しています。
    つい自分の思春期を思い返してしまったのですが、あの頃は好きな相手の名前を書く事すら恥ずかしかった覚えがある一方で、記録(記念)としてノートにあれこれ書いたなぁと。
    未公開の部分にどれだけ個人名やイニシャルがあるのかは分かりませんが、もし自分が彼女だったなら書かずに居られなかったんじゃないかと思います。
    また登下校などで約束したのなら、当時なら異性と話していても噂になったのではないかと。
    すれ違い(挨拶)様に メモで渡されたとか?飛躍しますがそのメモが遺体発見時にあったという鞄に残っていたので、鞄は証拠使われたとか?
    同時に日記にはイニシャルしか無かったので、未成年(学生)という事もあり秘匿されてしまったのでは?
    日記に記されていなかった場合を想像したらこんな感じになりました。
    拙くて恐縮ですが管理人様はどう思われますか?

  2. コメントありがとうございます。

    こちらのエントリに掲載した日記の画像を見ていただけるとわかりますが、文字起こしで「Mくん」にしたところには実名が入っています。これだけのラブラブ光線状態を包み隠さずに書いているのが、私が「5月1日の待ち合わせを日記に書いていないのはおかしい」と考える理由の一つでもあります。

  3. はじめまして。この興味の尽きぬ事件に対して、貴サイトの細かな事実を基に
    した検討・分析には敬意を表します。
    素人の私にとってですが、当初から腑に落ちぬ点。
    ガード下で待っているところをA先生に目撃された直後、犯人(グループ)が現れ
    時間場所の変更連絡を受けたということについて。
    犯人にとって目撃されるかもという危ない橋をよく渡ったモンだなあ、と。どっか
    草むら山かげに隠れていて「今だ!」とサッと近づき告げたのか? それにしても意外な目撃者が現れたり、思いもよらぬ場所から見られている可能性は大い
    にあります。 そして変更待ち合わせガード下からの移動はクルマでしょうか?
    当時の田舎でクルマがどれくらい目立つのか気になるところです。待ち合わせ
    場所まで行って、被害者を乗せて(それも女子高生を)、移動する間にも誰かは
    クルマを目撃するでしょうから。女子高生がクルマに乗るということは、乗って
    いたのは親しい大人でしょうか?
    両ガード下で複数の目撃情報があるにもかかわらず、犯人との接触が目撃
    されていないのは単なる犯人にとっては嬉しい偶然でしょうか?
    ホントに犯人が現れて、変更連絡をしたり、変更ガード下から犯人とともに
    移動したのか?などど素人のくせに基礎的事実に対して??と思ってしまう
    んですが、管理人様のお考えはどうでしょうか? 
    「ああ、それは、○○という証拠から確実だよ」と一言で終わる可能性も大あり
    ですが。
    当時のガード下は普通絶対人は通らないところだった、とどこかで読んだような
    気がするのを今思い出しました。 で、あの待ち合わせ場所、ということかな。
    犯人にとって、時間場所の変更をしなければならなかったのは、本当に不測の
    事態(焦って冷や汗が出るほどの)だったんでしょうね。 それは何か、などと
    考えて妄想の時間は過ぎゆく・・・・。

  4. 今回の管理人さんと山紫さんの疑問点について、私の方での見解も記させて頂きたいと思います。

    >そもそもこの伏せ字になっている「××××」は何(あるいは誰)なのか

    この「××××」部分に、実際何文字が隠れているのか不明なのではっきりしたことは言えないのですが、人名であれば普通「~に会う予定だったのに」と続くような気がします。「訪れる」となっているのですから、ここには「グループ・団体名」「施設名」のどちらかが入っていた、とみるのが自然ではないでしょうか?

    >当時の狭山工業高校は男子校だったようで、女子高生である被害者が何のために誰を訪れる予定>だったのか

    29日は祭日で学校は休みですから、課外活動に関する用件だったと考えられます。被害者はスポーツ少女で、交友関係も広かったようですから、そこから推測する限り、クラブ活動(運動部)に関係するものであった可能性が一番高いのではないでしょうか? 当時被害者が通学していた入間川分校には校庭が無く、ふだんは卓球以外の運動が出来ない状況にありました。被害者が中学時代得意としていたソフトボール(または野球)、陸上競技に関連するような約束をしていて、それを楽しみにしていたことも考えられるかと思います。

    >この呼び出し、待ち合わせはどうやって伝えられたのか

    これは登校途中、「一緒になることもあった」という堀兼中同期の狭山工業高校生徒3~4人のうちの誰かに伝えられた、とみるほかないでしょう。なお、この「集団登校」については別段「待ち合わせ」をしていた訳では無く、始業時間・方向が同じであったため、たまたまそのようになった、というだけのことだったようです。

    >刑札はこの「予定」について裏付け捜査をしたのか。したのであれば記録は残っていないのか

    不明ですが、当時狭山工業高校の生徒だった書店の主人が、「自分は2年生で、当日は遠足に行っていたので疑われなくて済んだ」と話していましたから、刑札もある程度関連について調べていたのではないかと推測されます。

    >学校行事で行けなくなったとすると、被害者の方から「ごめんなさい、行けなくなりました」と>いう連絡をしたと思われ、その際に「じゃあ、5月1日に待ち合わせて…」という話になった可能>性もあります。

    これにいては私は否定的です。もしそうだとすると、当初の犯行予定日が「4月29日」、ということになりますし、「呼び出し現場」も狭山工業高校だった、ということになってしまうからです。ただ、この時被害者と約束していた人物がかなり日頃から親しい関係にあり、伝言・呼び出しなども簡単に出来る立場にあったことは間違いないと思います。私はそれだけに、事件に関わっていた可能性も十分ある、と考えています。

    >登下校などで約束したのなら、当時なら異性と話していても噂になったのではないかと。すれ違>い(挨拶)様に メモで渡されたとか?飛躍しますがそのメモが遺体発見時にあったという鞄に残っ>ていたので、鞄は証拠使われたとか?(山紫さん)

    通学途中の男女高校生が会話しているくらいなら、「不純異性交遊」でも何でもありませんから、いくら当時であったとしても誰も何とも思わないでしょう。特に薬研坂は約1キロに亘って人家のない森の中の小道ですから、それを他人に目撃されることすら無かったと思います。メモなど渡せばそのまま証拠となって残りますし、被害者に「口止め」しておきながらそんなことをする犯人は普通いないはずです。メモが鞄に残っていたとすれば(鞄は死体と一緒に発見されているのですから)、さすがに刑札でもまずその方面から捜査を開始すると思います。

  5. 山桜さんの疑問点についてもコメントさせて頂きます。

    >犯人にとって目撃されるかもという危ない橋をよく渡ったモンだなあ、と。どっか草むら山かげ>に隠れていて「今だ!」とサッと近づき告げたのか? 

    拙書の中でも触れましたが、当時の「第二ガード」はほとんど人通りが無いところでした(私が“実験”した限りでは15~30分に1人通り掛かる程度)。つまりは、「人目に付かないよう」待ち合わせるには絶好の場所だったのです。それだけに、“呼び出し犯”にとって、当日体育大会が実施されていたことや、被害者と野球部一行が出会ったことは、まさしく大誤算だったのだと思います。この“犯人”がA先生の教え子の1人だったとすれば、それを見た時は冷や汗びっしょり、という状態だったのではないでしょうか?

    >そして変更待ち合わせガード下からの移動はクルマでしょうか?

    車の可能性も若干あるかと思います。

    >当時の田舎でクルマがどれくらい目立つのか気になるところです。

    まだ、世の中全体では自家用車がそれほど普及していた時代では無かったのですが、狭山の農家・商店などはほとんどが車を持っていました(と、言うより車が無いと仕事になりませんでした)。ですから、それほど目立つものでは無かった、と考えられます。

    >被害者を乗せて(それも女子高生を)、移動する間にも誰かはクルマを目撃するでしょうから。

    時代に関わらずそうだと思うのですが、通行人は普通、走っている車を見たとしても乗っている人など記憶していないものです。その時点ではまだ事件は発生していないのですから、ありふれた車だったとすれば、特に車内の人に注目する人はいなかったでしょう。
    (※この回答は、もちろん「犯人が車で被害者を連れ去った」と想定した場合のものです)

    >女子高生がクルマに乗るということは、乗っていたのは親しい大人でしょうか?

    拙書のインタビューにもありますが、当時の農家・商店などでは、「免許が取れる年齢に達したら取りに行く」のはごく当たり前のことでした(家業の手伝い等のため)。ですから大人、ということも考えられますが、被害者の学校の先輩など18~19歳の若者だったことも十分考えられるかと思います。
    (※この回答も上記カッコ内と同様です)

    >両ガード下で複数の目撃情報があるにもかかわらず、犯人との接触が目撃されていないのは単な>る犯人にとっては嬉しい偶然でしょうか?

    偶然もあるでしょう。もちろん、周囲に人影が無いことを確認した上で、被害者に近づいているとは思いますが。

  6. >山桜さん
    もしその辺にご興味を持っていただけるようであれば、是非とも新・伊吹本を購入されることをお勧めします。既に伊吹さんのコメントでかなりご質問の点は回答していただいていますが、それ以外の、この事件を知ることで抱くようになる様々な疑問点にも答える内容になっています。
    逆に言えば、新・伊吹本に書かれていないことは、現時点では誰も答えを持っていない内容であるとお考えいただいてもよいのではないかと思います。

    >伊吹さん
    詳細なコメントありがとうございます。確かに、伏せ字は団体名(「ソフト部」など)の方が自然な感じですね。流石に刑札もこの辺は捜査したはずと私も思いますので、是非とも今後公開してほしいところです。

  7. 伊吹さん、管理人さん、お答え有難うございました。
    やっぱり、実際に取材されてる方は説得力が違います。
    伊吹さんの本を読むのが俄然楽しみになってきました。
    すぐに購入したく思います。
    今だ公開されていない捜査資料が膨大にあるとのこと。
    その中には、我々が知りたがっていることが、あっさりと記さ
    れていたりして。。
    そして当時の捜査関係者は「ま、ホントの犯人は、99%○○
    なんだけど、今さら言うわけにもいかないからな~~」などと
    思ってたりしたら、と想像したら怖くなりました。
    何が言いたいかというと、例えば足利事件においては、捜査
    関係者も(今は)真犯人が分からない事件だと思いますが、
    この狭山事件においては、捜査資料公開(証拠開示って、
    このことですかね?)と同時に真犯人おおかた判明、って
    ことになるケースだったりして、と思ったりしました。
    いや、それはないか。 真犯人が分からないから、犯人を
    ねつ造したわけですからね。
    いや、そうでもない。犯人グループが警察身内にいる場合、
    それは真犯人が(おおかた)分かっていて、別に犯人を
    仕立てあげる必要があったかもしれないし。。。。。
    でも、このサイトや伊吹さんくらい、まさに推理が為されている
    現在、公開されたら、見えなかった糸がどんどんつながって
    いく、というのは大いにありえることでしょう!
    逆に公開すれば確実に犯人が分かる内容であるから、公開
    されないのかな。 
    と独り言でした。
    サイトの更新、毎回楽しみにしています。

  8. 捜査関係者の関与については推理が別れるところだと思います。

    私個人としては、刑札に、犯人グループの一員とは言わないまでも、少なくとも協力者はいたのではないかと考えています。具体的にはSG巡査部長、あるいは彼をパシリとして使えるようなかなり上層部の人間が関与していたと思います。SG巡査部長の不自然な大活躍もさることながら、石川さんを強引に犯人に仕立てるやり方や証拠の隠滅・捏造に、単に「生きた犯人を捕まえなくてはならない」という焦り以上の意志を感じるからです。
    ただし、それも多分に個人的感覚に基づく考えですので、それが真実だというつもりはありません。

    検察に残されているという未開示証拠を全部開示したら、真犯人が誰か、個人名ではなくても「こういう立場の人だろう」というところまではかなりの確度で判明するのではないかと思います。それが公開できない理由の一つでもあるでしょう。そして、またも個人的にですが、開示してしまうと刑札関係者の関与が判明してしまうのも、ここまで頑なに検察が拒否する理由の一部ではないかと考えています。

  9. 久しぶりに書き込みさせていただきます。

    >犯行グループに刑札関係者

    その線の可能性は極めて薄いのではないかと思います。
    類例としてあげると、三億円事件、グリコ森永事件では捜査当局は刑札関係者の線を洗いました。
    三億円事件やグリコ森永事件ぐらい世間で話題になった事件では、容疑者が誰――刑札関係者――であろうと、「ホシをあげた!」というのが一番警察の面子を保つ術です。
    「でっち上げ」で犯人を仕立てあげてそれがばれたときのダメージのほうが、容疑者に刑札関係者がいたと場合よりも、刑札の論理としてはダメージが大きいはずです。

    本事件の場合、吉展ちゃん誘拐事件の直後であり、国会でも話題に上った事件です。けっして軽く見ることできない事件であったはずです。(小生は当時、この事件がどのくらいの話題性のあった事件かは伝聞でしかわかりませんが)

    ちなみに上記はあくまで私見に過ぎませんので、ご了承ください

  10. 管理人さんへ

    遅くなりましたが、本欄にて新著をご紹介頂き、誠にありがとうございました(今回も誤字・脱字がやたら多くて本当に申し訳なく思っているのですが・・・)。

    なお、ここをご覧の方で旧著のみをお持ちの方がおられましたら、後半インタビュー部分だけでも是非ご一読下さい。刑札による証拠捏造(証人でっち上げを含めて)の実態がどのようなものであるかが良く分かるかと思います。

  11. >S.T様
    三億円事件やグリ森事件のように捜査が長期化した事件と狭山事件は話が違うように思います。狭山事件においても、捜査が長期化した場合には同様に刑札関係者に捜査の手が伸びる可能性は充分にあったわけで、それをさせないために早期に冤罪をでっち上げようとしたような印象を私個人として持っています。当時の裁判の常識として被告の自白さえ取ってしまえば有罪にできることは明らかでしたし、その後でっち上げがバレても痛くもかゆくもありません。そして、実際にその刑札の筋書き通りになりました。

    そもそも、三億円事件においても、平塚八兵衛は否定しましたが例の「白バイ隊員の息子」に関する疑惑は未だにすっきりと晴れたわけではないというのが公平な見方でしょう。個人的には、狭山事件に関してOGの関与を疑うのと同程度に「白バイ隊員の息子」も怪しいと思っています。父親の白バイ隊員本人の行動も含めて。

    刑札の「身内」への甘さは言ってみれば宿痾のようなものではないかと思います。

    >伊吹様
    こちらこそ、詳細なコメントありがとうございます。ここのところこのブログも津山事件関係ばかり書いていたので、久しぶりに狭山事件関係でいろいろ考えるいい機会になりました。

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