狭山事件: 被害者の日記 その4

「女性自身」昭和38年5月20日号「女性自身」昭和38年5月20日号

被害者の日記の続きです。

まず気がつくのは、被害者のマジメさが現れている部分です。

中学生が立ち食いしているのは、みっともない。そのみっともないことを、自分はどうしてするのだろう。今度こそ、かならずやめよう。

また、被害者の男子に対する態度も、ういういしい、中学生らしいものだと思います(本日掲載したのは1月から3月の部分なので、被害者はまだ中学3年生でした)。

昼休みのときだった。国語の答案を見に行こうとしたら男子数人が答案を見ていた。そこにMさんもいた。だから私はひき返した。わりこんで行くのが恥ずかしかったからだ。少したって、男子がひきあげたと思って行ってみるとMさんだけ残って、答案合わせをしていた。私はその後ろへ行って答案をそっと見ていた。しばらくすると、Mさんは一人になったのに気がついて、後ろを振り向くと、「チェッ」といって、恥ずかしそうに私と視線を合わせ、去っていった…。

Mさんが道でローラースケートを楽しんでいた。行きも帰りも会い、少し恥ずかしかった。早く私もうまくすべりたい。早く早く。

Mさん、さようなら。胸がいっぱいだった。

この「Mさん」に関する被害者の恋心は、伊吹本(『狭山事件 -46年目の現場と証言』)にも掲載されている日記の他の部分にも現れています。読んでいると思わず萌えてしまうような記述が満載です。

事件後、石川さんを支援した荻原祐介氏など、一部で「被害者は多数の男性と性交渉があった」「不良だった」というような話もありました。しかし、こういった記述を見る限りでは、ごく普通の、まじめな中学生という被害者の人間像が浮かんできます。

公平のために書いておくと、

英米では遊ぶときは遊ぶ。学ぶときは学ぶ。高校生活が楽しそうだ。ボーイフレンドも招いていっしょに遊ぶ。とてもうらやましい。日本でそのようなことをすれば近所の人がうるさい。日本はいやだ。英米のように自由に解放的になりたい。

という記述から、被害者の「発展的性格」を読み取ることは可能でしょう。ただ、本当に「多数の男性と性交渉があった」のであれば、「楽しそうだ」とか「うらやましい」とかいう必要もないでしょう。日記全体から流れるトーンからすると、「不良だった」「複数男性と性交渉」という説は100%ありえないと断言してもよいと思います。それに伴って、例えばOGとの痴情のもつれとか近親相姦説に関しても、動機としてはほぼありえないものとして却下してよいのではないでしょうか。

この記事には、上の方に次姉の手記が出ています。「○○○になってもいいから」というあたりは時代を感じさせますが、お姉さんとして妹を思う心がよく現れていると思います。

次姉が裁判で証言に立った際に「きょうだい仲はどうでしたか」という質問に「よかった」と答えなかったからきょうだい仲が悪かったのではないかという推測もありました。しかし、被害者の日記の

姉も入間川へ洋裁に行くが困っていた。そのとき、兄が車で連れて行ってくれるといった。このうす黄色の自家用車へ乗るのは初めてだ。(中略)銀世界をドライブなんて最高だ

といった記述からも、ごく普通の家族・きょうだいという感じが伺えます。

さらにもう一つ。被害者の母親に関して。母親は事件の10年前(被害者が6歳のとき)に死亡しています。この死に関して、例えば被害者や三男は母親が不倫をして生まれた子供で、その秘密を守るために母親が殺されたのではないかというような説も推理としてありました。しかし、

私は卒業証書をしっかりと抱いて家へ急いだ。母に見せて喜んでもらいたかったからだ。お母さん、いつまでも私を見守っていて。

という記述から考えると、少なくとも被害者自身は母親に関するそのような話は知らなかったと思います。被害者が知らなかっただけで実はそうだったという可能性もなくはありませんが、現実問題としてそのような話が本当にあったのであれば狭い農村地帯で被害者の耳に全く入らないということは考えにくく、そうなると上で見たような被害者の潔癖とも言える性格から考えて、ここまで母親を無条件で慕うことはないと思います。

5 thoughts on “狭山事件: 被害者の日記 その4”

  1. 管理人様

    今回、上記でご紹介いただきました記事に掲載の被害者の日記内容と、伊吹様のご著書の85頁以下で引用されている被害者の日記内容によりますと、被害者の「Mさん」(伊吹氏のご著書ではMさんが誰であるかがわかりますが)に対する「思慕、敬愛、恋心?」がいかに強いものであったかを初めて知ることができました。
    上記のご著書によりますと、中学を卒業してからも、日曜日に母校に行って、同窓生との交流があったようですし、「4月22日」には、「K」にて会合があり、「Mさん」にも会っているようです。この「K」とは、Mさんが通学している「川越高校」を指すのでしょうか?
    それにしましても、小・中・高は特に、だと思いますが、少なくとも、「男子は女子を『さん』」「女子は同級生の男子を『君』」づけで呼ぶのが普通と思いますが、被害者は、同級生の男子である「M」を「さん」づけで呼んでいます(他にも「すばらしい顔ぶれ」の男子に対しても「君」づけで呼んでいるようですが)。私の知り合いの女の子にも、過去に、プロ野球選手を通常は、「よびすで」で選手名を呼ぶのに、ある選手に対してだけは、その女の子は、「この選手だけはお気に入りなので「●●さん」と呼ぶの」といって、「さんづけ」で呼んで特別扱いしていました。本筋から離れまして、申し訳ありません。

    過去に管理人様が書かれていましたブログ記事で、4月27日の被害者の日記の内容に

    ≫明日、○○さんに「おめでとうを言おう。友人(○○○○さん)の誕生日なのだ。満十六歳。

    とあった、と書かれていました。わたしは、てっきり、「さん」なので、女の子の友人を指している、と思いこんでいましたが、上記の被害者の「使い分け」によりますと、この「○○さん」は、男子である可能性もありますね。ところで、「Mさん」の誕生日はいつだったのでしょうか。この日記に記載の「○○さん」は、被害者の友人の中で、「4月28日」が誕生日である人になることになります。

    長々となりまして、申し訳ございません。

  2. すみません。またしても、書きミスをしてしまいました。

    先ほどのコメントで、

    ≫(他にも「すばらしい顔ぶれ」の男子に対しても「君」づけで呼んでいるようですが)

    と書いてしまいましたが、「すばらしい顔ぶれ」の男子は「さん」づけで呼び、の書き間違いでした。失礼いたしました。

    ただし、この「すばらしい顔ぶれ」の男子が、仮に「上級生」の男子だったら、男子であっても、「さん」づけで呼ぶので、当然のことになると思われますが。

  3. “K”については、原資料(上告趣意書)の段階でイニシャルになっているので川越高校かどうか不明です。ただ、被害者も川越高校(入間川分校)の生徒で級長を務めていたこと、Mさんの姿を見ていることから考えると、4月22日は月曜日ではありますが、川越高校での会合だった可能性は高いと個人的には考えます。

    日記の4月28日にある友人(誕生日の友人)はMさんではないことは確かです。下の名前が男子か女子かはっきりしないのですが、どちらかと言えば女子寄りの名前だと思います。

  4. Y枝さんのM君に対する思いを記した部分は何度読んでもいいですねぇ。M君への思いを秘めたまま卒業し、心の中で「さよなら」を告げたものの、その姿を偶然見てしまうと、また気持ちが抑えきれなくなって・・・といったところでしょうか。彼女の真面目さ、純情さが伝わってくる感じで、ほのぼのとした気分になってきますね。
    「中年男をめぐっての姉との三角関係」だの、「複数の男との肉体関係」だのという話はもういいでしょう。あれは、亀井・荻原氏に誤誘導された作家たちによる失敗であり、愚にもつかぬ妄想話だった、ということで完全に片付けてしまって良いのではないかと思います。

    ただ、この日記を読んでいて意外に思ったのは、Y枝さんが補習も受けて受験勉強にも打ち込んでいたことでした。当時の教師によると、「分校別科は高卒の資格が得られない学校で、志願者は僅かだった(実際、堀兼中からは2名のみ)」「志願者はほぼ全員合格していた」「Y枝さんは成績が学校でも上位だったので、分校を受験して落ちることはまずありえなかった」とのことでしたし、特別な勉強も不要だったと考えられるからです。
    受験前に不安を感じていたり、合格した時に「うれしさが心の底からこみあげてきた。がんばったかいがあった」などと書き残しているのも、それを考えるとちょっと不思議です。まあ、このあたりは彼女の謙虚な性格の表れ、ともいえるのかもしれませんが・・・。

    Y枝さんの出生に関しては、本人は知らなかったとしても、何らかの複雑な事情が存在していたのかもしれませんね。弁護人も公判で「腹違い云々」と言い出していますが、あれも丸きり何の根拠もない噂話を持ち出したとは思えません。あと、私が最近ちょっと気になり始めているのは母親の年齢との関連です。母のMさんは10年前に44歳で亡くなっていますから、もしY枝さんを生んだとすれば38歳の時、T志さんを生んだとすれば43歳の時、ということになります。女性として出産が不可能な年齢ではないのですが、ただ当時としてはかなり高齢出産の部類には入るかと思います。この2人だけ名前に共通の字が使われていないこととも関連して、少し引っ掛かるところではあります。

  5. コメントありがとうございます。

    Mくんラブに関してはまったく同感です。不謹慎ですが萌え殺されるかと思いました。

    私も例の「腹違い」云々はかなり気になっています。中田主任弁護士も亡くなりましたし、当時の弁護団がまだご存命の間に何とか話を伺うことはできないかと思います。母親の年齢に関してもご指摘の通りで、三男が生まれて1年後に亡くなったことと併せて、このあたりに何かあったのか、あるいは何もなかったのか。ただ、上の本文にも書きましたが、潔癖な被害者が母親を慕う様子からすると、被害者本人は何も知らなかったとしか思えないんですよね。そうなると、16歳になった被害者の耳に入らない(入れられない)種類の事情……うーん。

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