月別のブログアーカイブ: 10月 2008

下山事件: pH計について その3

毎日新聞 昭和25年4月23日付毎日新聞 昭和25年4月23日付

前回書いたY会長のお話と周辺の情報を総合すると、下記のようになります。

  • 「秋谷教室にpH計が入ったのは昭和25年(下山事件の翌年)1月」という毎日新聞の報道とY会長のお話は合致している。(毎日の報道は本日の画像を参照。「今年一月に入って(中略)ガラス電極によるPH測定機をとり入れ同教室の設備を完成」云々という記述がある)
  • 下山事件直後は、『下山事件全研究』での塚元助教授(当時)の証言どおり、試験紙を使っていたと考えられる。
  • 当時、試験紙で0.1単位のpH測定精度を出すことは不可能。
  • 事件の1年後でもまだ秋谷教室ではモルモットの死後のpH変化の測定追試を行っている状態であった。従って、1年前の昭和24年当時に、完全に確立された理論・技術ではなかったと思われる。

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下山事件: pH計について その2

以前ちらっと書いた下山事件とpH計に関するお話を、当時実際に秋谷教室に出入りしていた方から直接聞くことができましたので、記録として残しておきます。

こういう「直接の経験者からの聞き取り」というと、「私の大叔母が……」という話といっしょで、本当かどうか確認しようがないという批判が出るかもしれません。しかし、この方は上場企業の現役会長であり、EDINETあたりで調べていただければ少なくとも人物の実在についてはご確認いただけるのではないかと思います。

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その他: 「東大合格生のノートはかならず美しい」

去年の10月20日から始めたこのブログもようやく1周年を迎えました。まだちょっと定期更新に復帰できていませんので、リハビリを兼ねてヒマネタを1つ。

「東大合格生のノートはかならず美しい」という本があることを先日知りました。結構売れている(アマゾンで本のランキング13位)ようです。実は私(管理人)はこの本を読んでいません。しかし、このタイトルは2つの意味で間違っていると断言できます。

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狭山事件: 被害者の後頭部の傷

被害者の後頭部1被害者の後頭部の写真 『狭山事件公判調書 第二審』より

被害者後頭部その2被害者後頭部その2

ようやくPCが戻ってきました。まる1ヶ月以上更新が滞ってしまいましたが、今後できるだけ更新していきたいと思っています。

さて、先日殿丘駿星さんのメルマガ「コラム・ゆりかもめ」において、狭山事件被害者の後頭部に残された傷について指摘がありました。とりあえず当該の写真をうpしておきます。上の写真はふつうにスキャンしたもの、下の写真は、頭の上に置いてある目盛りが見えるようにコントラストを上げたものです。この目盛りについて、1目盛りの大きさは明記されていませんが、頭の大きさ(16歳女子なので頭の幅は15~20cm程度でしょう)から考えると一目盛りは1cm、従って傷の大きさは1.5cmというところと思われます。後頭部に1.5cmというのはかなり大きな傷であり、殿岡さんが指摘しているように生前に受けた傷であればここから相当量の血液が出たと思われます。しかし、裁判における弁護側の再三の証拠開示請求にもかかわらず裁判所と検察は「殺害現場」の血液反応検査結果を開示していません。日本で初めてルミノール液による血痕反応の検査が行われたのは昭和24年の下山事件の捜査でしたので(ある意味(笑))、昭和39年の狭山事件当時には当然のように「現場」(「殺害現場」だけでなく、一時的に死体を隠していたという「芋穴」や、その途中の運搬経路とされる農道を含めて)のルミノール検査は行われたはずです。このようなかなり基礎的な事項についても裁判所と検察が証拠開示を行わないという事実が、狭山事件が「暗黒裁判」と言われる一つの大きな要因になっています。

2008年12月23日追記: 後頭部の傷は、公判調書で公表された鑑定書(五十嵐勝爾埼玉県警技師医師作成)によると長さ1.3cm、幅0.4cmとのことです。こちらもご参照ください。

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