狭山事件: 『狭山事件 -46年目の現場と証言』版元の社長がお亡くなりに

狭山事件を推理するサイトに、伊吹氏からの告知が出ました。27日朝、版元の風早書林の社長さんが急死されたとのことです。謹んでお悔やみを申し上げます。

本については、引き取り元がないとこのまま絶版になりそうとのことで、狭山事件研究という世界においては大きな打撃ですね。

出版社の社長さんの体調不良もあってなかなか流通がうまくいかないというお話しは以前から伺っていたのですが、このような形になってしまったのは非常に残念です。

(4月30日追記)一部で「また狭山事件関係者に変死者が」みたいな話があるようなので、念のため。私が伺った話では、版元の社長さんはかなりご年配の方で、以前から体調がすぐれず「余命何ヶ月」という話があったとのことです。今回お亡くなりになったのもその持病の関係と思われ、特に「変死」ということではないそうです。以上、とりあえず都市伝説化の防止のために書いておきます。

関連記事

9 thoughts on “狭山事件: 『狭山事件 -46年目の現場と証言』版元の社長がお亡くなりに”

  1. はじめまして。S.Tと申します。

    小生はグリコ森永事件・三億円事件、帝銀事件に興味があり、私的な調査をしている(文献をつまみ食いしている程度ですが)ものです。

    どの資料だったかは失念を致しましたが、グリコ森永事件関連の資料を読んだ際、
    「狭山事件の影響で被差別部落関連への調査がアンタッチャブルになり」
    云々、という文言があったのが心に残り、それ以来――とはいってもここ一年半ぐらいですが――狭山事件にも関心を持っています。

    これまで、狭山事件関連の書籍については伊吹本と鎌田本の二冊しか読んだことが無い(ただ書泉等の大型書店で小生が見かけたのもこの二冊ぐらいなのですが)のですが、伊吹本が絶版になりそうというのは、これが事件の概要を知るための良書であることを考えると、非常に残念でなりません。

    ぜひどこかの出版社に版権を引き取っていただきたいものです。

    さて、事件に対する印象を述べさせていただくと、
    「しっかりとした聞き取り調査、物証を積み重ねれば、石川被告よりも蓋然性の高い容疑者に辿り着けたのではないか?」
    という感想です。

    三億円事件やグリコ森永事件とは違い、当時は大量生産・大量消費の世の中ではなかったはずです。「狭山事件を推理する」サイト様やこちらのブログ様に記載のあったとおり、被害者の遺体に使われた米穀店の手ぬぐい等の「裏」のとれる証拠があったのに、裏とり調査が無かったというのは、刑札の失態であるという印象があります。

  2. 昨日が社長のお通夜、今日が告別式でした。
    ただの偶然ではありますが、事件の日(善枝さんの命日)が告別式、というのはちょっと嫌な気分でした。
    なお、管理人さんに書いて頂いた通りで、元々心臓に持病のある方でしたから、決してこの死は「変死」ということではありません。

    私が社長と最後に会ったのは4月11日のことでした。
    待ち合わせのファミレスに現れた社長は、体がひと回り小さくなっていたので、私は見た瞬間『えっ!?』と思ってかなり驚いたのを覚えています。
    社長は席に着くなり、私に向かって「実は、医者から『余命2か月』と宣告されました。・・・ただ、鏡で自分を見たら別に死相のようなものは出てないので、まだしばらくは大丈夫だと思うんですよね」なんて話してきました。しかし、私はその縮んだ体と艶の無い肌を見て、『死相が出てないなんてもんじゃないよ・・・』『もうこの人、ダメだ・・・』と思ったものでした。
    その後はメールのやり取りだけでしたが、「10m歩くのさえ辛くなってきました」なんて書いてきていたくせに、なぜか1日中街中を歩き回ったり、酒を飲み歩いたりもしていたようでした。まあ、1人じっとして死を待つということに耐えられなかったのかもしれませんが・・・。
    結果的にそのことはかなり死期を早めることにも繋がったようです。
    私にとっても大変残念なことです。
    謹んでご冥福をお祈りしたいと思います。

  3. >S.T様
    コメントありがとうございます。
    私も、三億円事件や帝銀事件にも興味があるのですが、そちらの方の調べはあまり進んでいないのでこのブログで取り上げるには至っていません。機会あるいはネタがあれば是非、とは思っています。

    グリ森事件で「狭山事件の影響で被差別部落関連への調査がアンタッチャブルになり」という話があったというのは面白いところですね。その程度の認識しかないというところに、刑札という組織の病根の深さを感じます。本来あるべき狭山事件の教訓は、「アンタッチャブルな部分」というような先入観を排除してできる限りの捜査をすべきだったということだと思いますので。

    刑札がきちんと捜査していれば、真犯人にたどり着けたのではないかと私も考えています。ご指摘の手ぬぐいについても、最後の数本まで絞っておきながらその後のツメが甘いと感じさせますし、他にも胃の内容物の方面からも真犯人あるいはその周辺にたどり着くことはできたと思います。これは、刑官が事件に関与しているのではないかと私が疑っている理由の一つでもあります。

    >伊吹様
    コメントありがとうございます。
    そうでしたか…。そのような状況だと、今回の本の流通がうまくいかなかったのも、ある意味でやむを得ないことだったのかもしれませんね。告別式が事件当日というのも、確かに偶然とはいえ「農村という名の古くからの何ものか」と思ってしまいます。

  4. >管理人殿

    ご丁寧なレス、ありがとうございます。

    ・グリコ森永事件と狭山事件

    「先入観を排除して出来る限りの捜査をすべきだった」とお書きですので、管理人殿は先の小生の文意を正しくご理解されているかと思いますが、ちょっと補足させていただきたく思います。

    どちらかというと「狭山事件の影響で被差別部落関連への調査がアンタッチャブルになり」というのは、大阪・兵庫・京都・滋賀の4府県刑の愚痴というか鬱憤の発露でしょう。

    経緯としましては、こちら

    の脅迫テープの録音がとある同和地区で行われた疑いがあり、事実調べを行おうとしましたが、同和団体の圧力がかかったり、その地区の住人が非協力的だったり……、ということがあったようです。

    どうして圧力がかかったり、非協力的だったりしたかというと「石川氏のように被差別部落出身というだけで、でっち上げでいけにえのように犯人にされてはたまらない」という心理が働いたというのも一因だったそうです。

    まあ、実際にグリコ森永事件の犯行グループに被差別部落出身者が含まれていたかどうかは、なんとも言えないところではありますが……。

  5. なるほど。そういう意味でしたか。正直なところ、取り違えていました。

    「闇に消えた怪人」などグリ森事件関係の本もいくつか読んだはずなのですが、このあたりの話はすっかり失念していました。ご教示ありがとうございます。

  6. 狭山事件の脅迫文で,
    「しょうじ」さま
    というのは,奥冨が小作人をしていたことのある増田正治さんのことですよね。

  7. コメントありがとうございます。

    そうとは限りません。被害者の親類(戦時中に死亡)にも「しょうじ」という名前の人はいましたし、そのものズバリ「少時」という名字の人が隣の市にいたという話もあります。また、公表されていませんが事件関係者の親族や関係者本人で「しょうじ」と読める名前はほかにもあります。それほど珍しい名前でもありませんので、少なくとも現時点ではどの「しょうじ」さんだったのかを確定的に判断することはできません。

  8. どうも、プログを拝見しました。帝銀事件死刑囚・平沢貞通の養子の平沢武彦と申します。
    狭山事件、帝銀事件ともに再審請求は、東京高裁にて審理中です。東京高裁は裁判所の中では、極めて保守的な存在であり、そのなりゆきが危惧されます。
    帝銀事件の詳細につきましては、新刊本の「秘録・帝銀事件」(祥伝社文庫)をお読みいただけましたら幸いです。

  9. コメントありがとうございます。

    帝銀事件にも興味はあるのですが、当方の勉強不足もあってまだ当ブログで採り上げさせていただくには至っていません。新刊本の情報もありがとうございます。改めて読んで勉強させていただきたいと思います。

    帝銀事件も狭山事件も、東京高裁以外の高裁ならすでに再審が始まっていてもおかしくないところですよね。今回政権が変わったことで、多少なりとも風向きが変わればよいのですが。

平沢武彦 にコメントする コメントをキャンセル

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です