津山事件: 都井睦雄の墓 その5

Twitterで「都井睦雄の墓が荒れ果ててしまっている」という情報をいただいたので、現地に再訪しました。

結果から言うと、情報のとおり睦雄の墓がかなり荒れてきてしまっており、このままだとここ数年で竹藪の中に埋もれてしまいそうな感じです。

都井家の墓所です。
都井家墓所都井家墓所

階段というか墓所に上がっていく坂道の右側が都井家本家のお墓、左側が個別のお墓の墓所で、睦雄の墓(倉見川から拾ってきた丸石)は左側にあります。現在の状況としては、おそらく、この墓所の手入れをされている方の高齢化もあり、右側の本家の墓所の手入れに注力することになって、左側の個別のお墓については「そこまで手が回らない」という状況なのでしょう。
左側にあったお墓(墓石)の一部は右側に移設されており、そのことからも、「手が回らないので右側の本家の墓に注力」という、のっぴきならない状況が感じられました。

左側の墓所左側の墓所
左側の、睦雄や両親、おばやんのお墓のある墓所はこんな感じで、後ろの笹藪が侵食してきており、既にお墓自体が笹藪に埋もれていて、あと数年もすれば完全に笹藪に埋もれてしまいそうな感じでした。

睦雄の墓石睦雄の墓石
睦雄の墓石も笹藪に埋もれかけています。

実は、今回、事前に情報を得ていたこともあり、カマや軍手などの草刈りグッズを用意して、多少なりとも睦雄やご両親のお墓の手入れをしようと思っていたのですが、とてもカマで刈れるような太さの笹ではなく、断念しました。残念です。


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2 件のコメント: “津山事件: 都井睦雄の墓 その5”

  1. 新しい情報ですね。管理人の方が事件を真摯に追っていることが伺えて頭が下がる思いです。
     石川清さんの本を読むと、お墓を管理している親戚の女性の話が出てきて、その女性とのやりとりも紹介されていますが、ブログを見る限り高齢化か何かで今は手つかずということなんでしょうね。
     事件の風化が現実のものになっているのを感じます。
     石川さんの著作でも、事件を知る人や親戚の話がいくつか紹介されてますが、これだけ有名な事件なので誤解や誤聞が広がらないように、情報を知る子孫の方がおられれば、お元気なうちに新聞などで発表していただければよいがと思っています。

    1. コメントありがとうございます。実は今回、津山から貝尾や倉見へ行くのに荒坂峠経由で入ろうと思ったのですが、荒坂峠を通る人がもう少ないらしくて落ち葉や枯れ枝が道路に散乱していて、なおかつ雨上がりだったのでスリップしまくり、命の危険を感じて引き返した次第です。加茂や貝尾のあたりはまだ若い人が歩いていたり子供の声を聞いたりすることがありますが、倉見あたりまで行くとほとんどがお年寄りという感じですね。貝尾の「村一番の金持ち」だった寺井倉一の家も、住む人がなくなって10年以上が経過し、荒れ果てていました。このまま、事件を知る人も、事件に関連した場所も、徐々に「退場」していくことになるんでしょう。

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