狭山事件: OGについて その4

埼玉新聞昭和38年5月7日付朝刊埼玉新聞昭和38年5月7日付朝刊

証言の矛盾を解消しようと前回導入した「OGはいったん外出してまた戻ってきたよ説」についても、それにさらに矛盾する証言があります。

本日引用した埼玉新聞の記事の中に、下記のような証言があります。

S通運入間川営業所の職員や同僚の話を総合すると、OGさんは一日いつものように午前七時五十分頃出勤、同八時ごろから午後三時まで仕事をし、同三時四十分頃まで控え室で休んでいた。この間、同僚といっしょで単独行動はしていない。たまたまこの日はメーデーだったので、同営業所のY所長代理からの指示で、いつもより早めに帰ったが、この指示のあった時刻が同三時四十分だったことは同僚の時計で確認されている。
その後、OGさんらは約十分間控え所にいたがOGさんは同四時近くに一人で自転車に乗って帰ったのを同僚が見ている。帰る時OGさんは作業衣からジャンパーに着替え、地下たびを茶色の短ぐつにはき替えて帰ったという。

「三時四十分頃まで控え室で休んでいた」ところまで「同僚といっしょで単独行動はしていない」のであれば、当然ですがOG外出説は成立しないことになります。しかし、三時までの仕事は同僚といっしょだったのは確実としても、その後の控え室ではちょっとくらい外出しても3時40分の解散時点までに戻ってきていれば「ずっと一緒にいた」ということになるのではないでしょうか。3時に勤め先を出て、自宅でOS2氏と会い、第二ガードで被害者に予定変更を告げて戻ってくるまで、自転車なら最短で15~20分程度と思われます。かなり時間的に余裕がないのも確かなのでこれが唯一の正解と主張する気はありませんが、

  • 同僚が3時まで一緒に仕事をしていた
  • 前回引用したOS2氏の証言で、3時にOG新居でOGに声を掛けられた
  • 同僚が3時40分にOGを勤務先で見た

という3つの証言をほぼ確実なものと仮定すると、そういう推理が一番自然ではないかと私(管理人)は考えています。

いずれにしても、しつこいようですが、どのような推理をしてもどこかで何かしらの証言と矛盾してしまうのが狭山事件の推理の難しいところです。

ついでに、OGに関して本日の記事には

(作男をやめてから、OGと被害者の)二人の間にはほとんど面識がない

という話も掲載されています。ただし、亀井トム氏の『狭山事件』によると被害者宅の両隣にはOGの小中学校の同級生がいたとのことで、そういった地縁的な面では面識程度はあったのではないかという推測も可能です。

「狭山事件入門」入り口はこちら

狭山事件に関する本はこちら

関連記事

One thought on “狭山事件: OGについて その4”

  1. 管理人様 ご無沙汰のモカです。夏休み遊び過ぎてます。OGさんの件に限らず、この事件の証言はどれも曖昧で正確さが欠けていますね。多分これも地域柄で、一般の住民は日頃、このような事件に関わることもなく、1分1秒の差でも事件の解決を妨げるという意識があまりなかったのかも知れません。ところでOGは自殺する程気の小さい人間ですから、当日の様子が日頃と変わった点がなかったと同僚の証言があるのを思うと、管理人さんの仮定した(職場からこっそり一度帰宅…)が現実だとしても、この日の時点では自分がこんな大事件に巻き込まれている事には気付いていなかったと思うのですが…。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です