狭山事件: OTくんの目撃証言 その5

S自転車店S自転車店(当時)。現在はバイク屋さん

OTくんが被害者と会ったと証言したS自転車店です。現在はバイク屋さんになっています。これも先日現地を訪問した際(2008年3月25日)に撮影したものです。

このS自転車店(現在はバイク屋さんですが、以後そう呼びます)は、2本の並行した道路に面しています。
バイパスバイパス
バイパスの反対側バイパスの反対側

当時、バイパス(県道126号線)はなくて反対側の道路だけだったのではないかと思っていたのですが、当時の地図を見ると既に両方道があります。ただ、S自転車店の北側の道は当時まだ未舗装の細い道で、バイパス化されたのはその後しばらく経ってからのようです。

このバイパスを写真の奥の方にずっとまっすぐ行くと、5月2日夜に犯人を取り逃がした現場であるさのヤのすぐ横(さのヤの、犯人が出てきた場所をはさんで反対側あたり)に出ます。この道のつながりも当時から変わりません。ただし、

  • 写真でもわかるように結構起伏が激しく、さのヤの横に行くまでには1つ山を越えるような感じになります。当時は下にも書いたように未開発だったこともあり、この起伏はさらに大きかったものと推測されます。
  • 現在の地図ではこのバイパスが延長されていて、さのヤの横からさらに被害者宅の横のあたり(I養豚場近く)までまっすぐ道が延びていますが、その延長部分の道は当時ありませんでした。この道は現在の堀兼交差点で終わっていました。
  • 現在は写真の地点からさのヤの間は狭山台団地(昭和50年開設)や大規模商業施設もあって開けていますが、当時はまだ雑木林の間の未舗装の道でした

現時点で、被害者宅から川越高校入間川分校(現狭山准看護学校)まで車あるいはバイクで行くとすれば、このバイパスを通って西武線のガードを越えたところで左折して線路沿いにずっと走るのが一番早いでしょう。しかし、当時の道路状況でなおかつ自転車でとなると、南の薬研坂経由の方が起伏が少なく、走りやすかったものと思われます。雑木林の間の人通りの少ない道路を走らなくてはいけない点では両方とも同じですし。

OTくんが被害者を見たあたり?OTくんが被害者を見たあたり?
OTくんが被害者を見かけたという地点が、いろいろな新聞や雑誌を見てもはっきりしません。新聞記事(後で採り上げようと思います)によっては道が曲がりくねったように見えるので、そうなるとS自転車店の南側の道だと思われますが、この記事の写真ではほぼまっすぐな道になっているので北側の道(現バイパス)とも思えます。また、関連書籍の地図ではOTくんが被害者と会った地点の地図では道路よりもS自転車店が北側に描かれていることが多いため、出会ったのは南側の道路とも思えます。まあ、この辺はどちらでもそれほど大差ないと言える範囲でしょう。

最後に、現在の入間川東小(当時の東中学校)です。
入間川東小入間川東小
当日(2008年3月25日)は雨が降りそうな気配だったので、管理人が急ぎ足で歩きながら、途中第一・第二ガードで写真を撮影しながら、S自転車店から入間川東小まで徒歩でだいたい20分くらいでした。

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One thought on “狭山事件: OTくんの目撃証言 その5”

  1. やけん坂のある南の道を、OTさんも、A先生と野球部員も5月1日行く時には使ってないですよね。双方とも堀兼中もしくは、その近辺から出発して第二ガードに至る道を使ったということは、南の道よりも、そっちのほうが近いか、楽か、安全だったか、それ以外の何かの理由の、どれかだったということになると思います。それじゃ彼らが使った道はというと、佐野屋の五叉路に通じ、雑木林に囲まれた未舗装の、狭山台の山越えの道か、それよりもっと北の、加佐志から沢を抜けてくる道のどちらかになるんだと思います。いずれの道もS自転車店の前の道に通じるんじゃないでしょうか。そこでOTさんとすれちがったよしえさんは、そのまま自転車を走らせてれば山越えの道か、加佐志の方向に行くことになったんじゃないんでしょうか。よしえさんは人に会うために自転車を走らせた。が、人に会えなかった。もしくは道と時間をまちがえた。それに気づき、確実に人に会える第二もしくは第一ガードに引き返して、待つことにしたんじゃないのでしょうか。

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