津山事件: 玩具用ピストル

pistol『津山事件報告書』より

今回の画像もおそらく本邦初公開だと思います。キャプションの「玩具用」は「玩具様」の誤植かもしれません。とりあえず「玩具用」でも意味は通るのでそのままタイトルにしました。

スキャンした写真だと細かい部分がちょっと潰れてしまっていますが、見たところこれは手作りのようです。おもちゃとして遊ぶ程度の弾丸(例えば輪ゴムとか小石程度の)も撃てなさそうな構造なので、殺傷あるいは射撃練習が目的ではなく、おそらくは関係を迫る相手の女性を脅す目的で作成したものではないかと思います。暗がりでこれを突きつければ本物かどうかわからないだろう、ということでしょうか。

事件後に自宅から発見されたとのことで、いつごろ製作したものかわかりません。睦雄が本物の猟銃を手に入れたのは昭和12年7月頃であり、それ以前であることは確実ではないかと思います。睦雄が村の女たちに性的なちょっかいを出し始めるのが昭和10年~11年初頭、万袋医師に肋膜の診断を受けるのが昭和10年12月31日、寺井マツ子の供述にある

睦雄方に部落の電燈代の集金に行つたとき其の祖母が不在であった折同人から関係をしてくれと何度も言われたが夫ある身で左様なことは出来ぬと拒絶したところ、関係してくれなければ殺すといって脅かされた。

というのが昭和11年春頃とのことなので、おそらくは昭和11年~12年初頭頃に製作したものではないかと推測します。

いずれにしても、以前からこのようなものを自分で作っていたことから考えると、筑波本にある

この段階で銃を購入した真の理由は、第一に銃を所持することによって、西川とめたちに無言の圧力をかけて、彼女たちの悪宣伝の口を封じること、第二に金品でもなびかぬ若い娘たちを、銃で脅して自由にすることの二点ではないかと考えるのが、自然のように思える。

という推測は、ある程度当たっている気もします。ただし、その後の行動を見ると、かなり早い時期に具体的な殺意が固まっていたようにも思います。このあたりは、また改めて論じさせて頂きたいと思います。

津山事件に関する本はこちら

 

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