カテゴリーアーカイブ: 下山事件

その他: 冬コミC85御礼

あけましておめでとうございます。
今年もよろしくお願いいたします。

昨日のコミケにご来訪・お買い上げいただいた方々、誠にありがとうございます。
また、新刊『狭山事件インタビュー集 Vol.3』が途中で完売となってしまい、その後においでいただいた方々には申し訳なく、お詫び申し上げます。
近々、準備ができ次第、本ブログ上での通販を開始しますので、よろしくお願い申し上げます。


本ブログでとりあげている事件に関する同人誌等の通信販売を行っています。詳細はこちらをご参照ください。


  

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その他: 冬コミC85告知 その2 『狭山事件インタビュー集 Vol.3』

冬コミにて、伊吹隼人さんの新刊『狭山事件インタビュー集 Vol.3』を発刊します。

今回の目玉は、こちらにコメントをいただいた内容に関するインタビューとなります。

体裁・価格等未定ですが、20Pで4~500円程度としたいとのことです。正確に決まりましたら(直前になりますが)また告知させていただきます。

当方も今回は自分なりの狭山事件本を書こうかと思っていたのですが、ちょっと身辺多忙のため無理そうです。あとはこれまでも販売していた旧刊を引き続き販売します。


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その他: 冬コミC85告知 その1

冬コミ(コミックマーケット85)にまた参加します。

今回は新刊出せるかどうか微妙です。もし出せるようであればまた告知します。


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下山事件: 時代背景 その2

Asahi-S230123
朝日新聞昭和23年1月23日付

「下山事件は、国鉄の首切りに反対する左翼勢力の勢いを削ぎ、その後の民間企業を含めた人員整理をスムーズに進めるためにGHQ(GS/G2)によって計画された謀略である」という、平成三部作からWikipediaにかけて一般化している見方は、実は根拠がないという話の続きです。

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下山事件: 時代背景 その1

コミケに向けて下山事件本を書くため、下山事件関連の本を改めて読み直しています。

その中で、佐藤一氏の『「下山事件」謀略論の歴史―「原光景」的イメージから「動物化」した謀略論へ』を読んでいて、改めて当時の時代背景を考え直しました。

平成三部作では、下山事件が起こった昭和24年当時の時代背景を、おおむね以下のような趣旨で説明しています。《総選挙で共産党が躍進して「九月革命説」が叫ばれる騒然とした社会状況であったが、下山事件を初めとする「国鉄三大事件」によって左派躍進の流れが押しとどめられ、その後の55年体制~高度成長という流れにつながった。》Wikipediaの「下山事件」の「事件の時代背景と推理」の項目もその線で書かれています。

しかし、どうも実際にはそうではないようです。

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下山事件: 成田屋

Shiryo-p24『資料・下山事件 p.24』

ひょんなことから『資料・下山事件』が安く手に入ったので読んでいると、こんな記述が目に入りました。

森田さんの経営する待合“成田屋”は三越から自動車で二分、歩いてもものの十分とはかからない中央区新川一ノ六で(後略)

新川1-6といえば、私(本ブログ管理人)が現在住んでいる場所から歩いて2分くらいな場所ではないですか…というかそんな基本的なことも忘れてたとは、我ながら情けないところです。

ただ、「三越から自動車で二分、歩いてもものの十分とはかからない」というのはちょっと無理だろうなあ、とも同時に思ったので、一応検証してみました。

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下山事件: JR北海道社長の自殺

中島尚俊・JR北海道社長の失踪と自殺のニュースを見て、不謹慎ですが下山事件を連想しました。

もちろん、発足直後の国鉄の初代総裁として有名人だった下山氏とは立場が違うわけですが、やはり真面目な人ほどトップに立った時、そして、その組織がトラブルを起こしたときの重圧は大きいのだろうと思わせます。

中島社長は遺書を残していたとのことで、社員向けのものが公開されています。

社員のみなさんへ

  • 毎日、それぞれの持ち場で、安全輸送、接客、収入確保、経費節減に取り組んでいただき有難うございます。
  • この度の36協定違反では、長期間にわたって協定に違反する事態が発生しており、社員の皆さんに多大なご迷惑をおかけしたことを、お詫びいたします。
  • 現在、5月27日の脱線火災事故を反省し、全社をあげて企業風土の改善などに取り組んでいる時に、真っ先に戦線を離脱することをお詫びいたします。
  • 当社は、年間に日本の人口とほぼ等しい、1億3000万人の方にご利用いただいています。これだけ多くのお客様の尊い命をお預かりしているという事実を認識し、「お客様の安全を最優先にする」ということを常に考える社員になっていただきたいと思います。
  • 長い間のご支援、ご協力ありがとうございました。

文面からも真面目な人柄がにじみでているようで、こういう人ほど組織の問題を個人で背負ってしまうのだなあ、と思わせます。

ところで、下山事件における他殺説の論拠の一つに「遺書がない」ことがあります。
ただ、ごく個人的な感想として、遺書は本当になかったのかを疑問に思っています。伝えられる下山総裁の行動や性格からして、少なくとも家族に対しては何らかの形で書き置きをしていたのではないかと思うのですが…。そして、そういった書き置きがあったとすれば、おそらく内容は中島社長の書いたものと同様なものであったのではないかと思います。完全に憶測で何も証拠はありませんので、妄言として読み飛ばしていただいて結構です。

中島社長の安らかなお眠りをお祈りします。

  

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下山事件: 文藝春秋の柴田哲孝氏の記事

shimoyamajiken_saigonoshougen_bunko
『下山事件 最後の証言 完全版』(文庫版)

simoyamajiken_saigonoshougen_tankoubon
『下山事件 最後の証言』(単行本版)

今売りの「文藝春秋」10月号「真相 未解決事件35」という特集の中で、下山事件が採り上げられています。記事を書いているのは柴田哲孝氏。当然ですが他殺説で決定済み(笑)という内容になっています。

今回の記事で気になったのは下記のような記述です。

事件の三日前の七月二日夜、下山総裁は西銀座の『出井』という関西料理屋にいた。その店で誰と会っていたのかも、重要なミッシング・リンクのひとつだ。

数年前、この出井にいた謎の人物に関して、「財界の大物のSとMという男だった」という確度の高い情報提供があった。

相変わらず、ソースを示すことなく、別の言い方をすれば検証ができないようにそれっぽい情報を書くのがうまいですね。さすがはサスペンス作家の面目躍如といったところです。ただし、これらの情報を今後下山事件推理における「事実」として扱いたいのであれば、せめて「誰が」「いつ」「どのように」その情報を提供したのかを明かす必要があるでしょう。このままでは矢田喜美雄氏の「下山総裁の死体を運んだ男」の話と同じで、「へえ、だから?」としか言いようがありません。

柴田氏は、こういうところで下山事件に関して偉そうなことを書く前に、「『下山事件 最後の証言』文庫版と単行本版で結論が正反対になっていて、しかもその理由が全く説明されていない」というAmazon書評欄における批判に対して誠実に説明をするべきではないでしょうか?
その説明がなされない限り、今後柴田氏が下山事件に関して何を言おうと信用する人は皆無だと思います。ましてや、今回のようにソースも明かさない話を思わせぶりに持ち出されても、その信頼性はほぼゼロと言って差し支えないでしょう。

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その他: 徒然草

世にかたりつたふる事、まことはあいなきにや、おほくはみな虚事なり。あるにも過ぎて人はものを言ひなすに、まして年月すぎ、境も隔たりぬれば、言ひたきままに語りなして、筆にも書きとどめぬれば、やがてまた定まりぬ。

(徒然草)

世間で語りつたえる事は、ほんとうの事実はつまらないのか、たいていはみなでたらめだ。人は、事実以上にものごとを言いたてるうえに、まして年月もたち、場所もかけ離れたところだということになると、言いたいほうだいにでっちあげて、文章にまで記録してしまうと、それでもう事実ということになるのだ。

小西甚一『古文研究法』(上記・徒然草の文章の現代語訳)

学生時代の参考書を読み返していたら、非常に含蓄のある言葉が目に付いたので、今更ですが書き留めておきます。狭山事件でも、下山事件でも、津山事件でも、この言葉に当てはまる本や人が容易に思い浮かびます。

「年月すぎ、境も隔たりぬれば、言ひたきままに語りなして、筆にも書きとどめぬれば、やがてまた定まりぬ」
この言葉は、本ブログを続ける限り心に留めておきたいと思います。

 

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下山事件: 五反野周辺の証言

IMG_1636公園から轢断現場付近に向かって撮影

全研究下山事件サイトにて、「五反野轢断現場周辺の目撃者証言」という記事が上がっています。

特に、各目撃者の位置と目撃時間をまとめた地図に関して、私自身もいつかはこれをやりたいとは思っていたのですが、先にしかも私が考えていたのよりも精緻な形でまとめられています。その努力に敬意を表すとともに、下山事件に興味がある方は是非とも一度ご参照ください、とおすすめしておきます。私が知る限り、ここまですべての証言を地図上にまとめたものは今までなかったのではないかと思います(もしどこかにあればご教示ください)。

この地図、特に(2)の方を見ると、「下山総裁は短い時間の間にあちこちで目撃され過ぎではないか」という疑問が出るかもしれません。しかし、(2)の地図下にある縮尺を見ていただくとわかるように、この地図の端から端までで300m程度です。悩みながらゆっくり歩いたとしても成人男性の足では5分もかからないでしょう。一般的に不動産の「徒歩○○分」は徒歩1分=80mですので、300mなら徒歩4分たらずということになります。

ちなみに、常磐線、東武線と小川が作る三角形の地帯は現在公園になっていて、当時の面影はありませんが実際に線路際を歩いてみることが可能です。ただし、線路は現在かなり厳重に囲われてしまっていて、土手に登ることはできなくなっています。本日の写真は、子供を遊ばせているお母さんたちに不審そうな目を向けられながら公園の中の遊具に上って轢断現場方面を撮影した写真です。

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