その他: 冤罪は誰が作るのか その5

masui矢島 直ほか:「麻酔」34, 1245 (1985)より

今回は、まだ一般的にはとしての認知率が低いであろう事件を採り上げてみます。いわゆる「[[筋弛緩剤点滴事件]]」「事件」と呼ばれている事件です。
これまでとりあげてきた狭山・下山・と関係ない話が続いてすいません。

私(本ブログ管理人)は、客観的な証拠から考えてこの事件は99%冤罪だと考えています。その理由は、「不能犯である」という一言に尽きます。現在判決で認定されている「犯行方法」は、マスキュラックスという筋弛緩剤を点滴に混入したというものですが、マスキュラックスを点滴に混入しても、殺人はおろか筋弛緩の効果すら得られないのです。

上のグラフは、学術誌「麻酔」1985年9月号に掲載されている、マスキュラックス(一般名ベクロニウム)の投与後の血中濃度と筋弛緩効果のグラフです。このグラフを見てわかるように、ベクロニウムは投与後10分で血中濃度は10%程度にまで落ちます。この、速やかに排泄されて余計な副作用を残さないというのは薬の安全性にとって非常に重要なことで、だからこそマスキュラックスは医療現場で広く利用されています。
他方で、点滴というのはゆっくりと1~2時間かけて投与されるものです。従って、「点滴に筋弛緩剤を混入した」という検察側の主張を信じる限り、この薬は効果を発揮することすら不可能なのです。ましてや、死に至るような重篤な症状を引き起こすことはそれ以上に不可能です。

「10分で10%程度にまで落ちるのであっても、大量に投与すれば効果があるのではないか」という疑問を持つ人もいるかもしれません。しかし、この事件では、誰にどの程度の量をどの程度の時間をかけて投与したのか。その点すら検察は立証していません。
そもそも、本当に守被告に殺意があったのであれば、点滴に混入するなどというまだるっこく発覚しやすい方法を使わなくても、誰も見ていない時に注射をすれば済む話です。そのようにしてベクロニウム/マスキュラックスの薬効を最大限に発揮したとしても、この薬の安全性から考えて、検察が主張するような死に至る症状を引き起こすことは難しいでしょうけれども。

もっとおかしいのは、「事件」の1週間後に採取した「」の尿から、高濃度のベクロニウムが検出された(と、大阪府警の科捜研が主張している)ことです。上のグラフでわかるように、ベクロニウムは投与後1時間もすればほぼ完全に排泄されてしまいます。にもかかわらず、1週間もたって採取した尿から高濃度のベクロニウムが検出された、と警察は主張しています。
そこで、守被告の弁護団では、再検査のために尿サンプルを分けてほしい、と申し入れました。それに対する大阪府警科捜研の担当者の回答は、「すべて分析に使ってしまったので残っていない」(爆笑)というものです。

科学的に120%、いや、200%あり得ない分析結果が出ていて、しかもサンプルはすべて使ってしまって再検査もできない。このことから通常考えられる結論は、「検査結果が捏造されていて、それを隠すためにサンプルは全量使ってしまったと嘘をついている」ということになるのではないでしょうか。

しかし、裁判所は例によって「警察・検察は証拠を捏造しない」「弁護側が持ち出す議論は、いかなる科学的根拠があっても信用できない」という一方的な前提の元に、尿検査の結果を根拠の一つとして無期懲役の判決を下しています。

長くなりましたので、続きは次回のエントリで。



2 thoughts on “その他: 冤罪は誰が作るのか その5”

  1. 始めてまして、狭山事件をはじめとした詳細なブログ、
    いつも興味深く読ませていただいております。

    この記事を読んで、千葉大チフス事件を思い出しました。検察の認定と照らし合わせ、
    犯行そのものが「起きるはずがない」不思議な事件です。この事件も無期の判決が
    下ったと記憶していますが、足利事件で開かれた再審の扉、警察や検察の黒歴史が
    そのまま次世代に残らぬように、しっかりと清算をしていくべきと思います。

  2. コメントありがとうございます。

    千葉大チフス事件については、当方の知識不足のため冤罪であるともないともわかりません。「チフス菌」は下山事件関係でもいろいろ話題になるところですので、もう少し勉強させていただきたいと考えています。

    いずれにしても、警察・検察・マスコミにとって冤罪を生み出すことが構造的に「やり得」である(逆に言えば、冤罪を生み出さないことは警察や検察の担当者にとっては損になる)現在の状況を変えない限り、冤罪事件がなくなることはないと思います。

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