こちらのエントリでご紹介した、『狭山事件・現地からの報告』 たいまつ社の内容についての続きです。
この証言は、「（被害者）が2時35分の授業終了後すぐに教室を出て行った」という証言を補強するものです。すでに伊吹隼人さんのコメントでも言及していただいていますが、念のため記事で確認してみます。
埼玉新聞昭和38年5月4日付
埼玉新聞昭和38年5月24日付
上で引用した埼玉新聞の記事はいずれも、被害者が2時35分の授業終了後、HR（ホームルーム）を待たずに教室を出て行ったということを前提に報道しています。4日の記事は直接的にそのことを報じていますし、24日の記事は学校関係者の話として
同分校では、事件後、第二の悲劇を起こさぬよう、地域別通学分団十三を編成して、欠席、遅刻、早退を厳重にするほか、下校時間の連絡を家庭と緊密にするなどを実行している
と報じています。要するに、当日被害者がHRを待たずに早退したことが家庭に伝わらなかったことが事件の遠因となったと認識されているようです。
被害者がHR前に出て行ったとすれば2:40頃までには被害者は学校を出発していたことになります。そのことと、裁判でNTさんが被害者が3:23に教室を出ていったという具体的な証言をしたことは、真っ向から矛盾します。
この矛盾に関して、『狭山事件・現地からの報告』は、「2:35過ぎに出て行ったのが真実。3時30分頃に出て行ったというのは、石川さんを有罪にするための刑札のでっちあげ」という立場を取っています。 しかし、私個人としてはこの説には同調できません。その理由はいくつかあります。
- 『狭山事件・現地からの報告』 では、早い段階の証言はみな「被害者は2時半頃に出て行った」となっていて、3時半前後に教室を出たという証言は石川さん逮捕後に出てきたため信用できないとしている。しかし、上で引用した5月4日付の埼玉新聞でも「午後三時半ごろ帰ったため」という記述をしている。さらに、担任のU先生も5月7日時点で3時半に下校したということを（伝聞としてでも）証言しているので、「3時半下校説は石川さん逮捕後のでっちあげ」という見方には賛成できない
- より根本的な問題として、刑札が証人に強要して2時半下校説に証言を変えさせる動機が見当たらない。刑札・検察の立場に立って石川さんを有罪にするという目的を考えた時に、出会い時間を午後3:40前後にする必要はなく、2:50前後でも刑札の描いたシナリオに大きな影響はない。逆に、被害者の胃腸に残っていた食物の鑑定結果（食後2～3時間以内に殺害された）など、2時半下校の方が都合がよい事実もある。殺害してから被害者宅に脅迫状を入れるまでの時間の長さが長すぎることが問題としても、現在確定判決となっている午後3:40出会い→4時半殺害という説でも殺害から脅迫まで3時間もあって不自然と言われていることに変わりはないため、3時間が4時間になったとしても本質的な差異が発生するとも思えない
- 「3時半に出て行った」と証言している人は複数いる
以前から議論しているとおり、被害者が教室を出た時刻について2時半と3時半の2つの証言があることについて、一番わかりやすい推理は「被害者は、いったん2時半に教室を出たが一度戻ってきて、3時半に再度教室を出た」ということになります。
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同級生のNTさんは、裁判でも「Y枝さんが下校したのは３時２３分頃」と自信を持って証言しており、検察官から「なぜそのような細かい時間まで覚えているのか」と尋ねられた際には、「３時２４分の電車に乗ろうと思って時計を見たら３時２３分で、その時にY枝さんが『さようなら』と言って教室を出て行ったから」とはっきり回答しています。また、担任のU先生のほか、同級生で堀兼中同期だったSTさん、同級生のMMさんらも皆揃って「３時半頃」と証言しており、これらは狭山郵便局員の「３時２０分から３０分の間に（Y枝さんが）領収書を取りに現れた」という証言や、H中野球部員２人の「Y枝さんが３時４０分頃、東中で野球を観戦しているのを目撃した」との証言、主婦NIさんの「３時２０分頃（※実際は３時４５～５０分頃だったと考えられる）第１ガード下で出会った」との証言ともほぼ符合します。
「時計を見た」という記憶と合わせて、分単位までの詳細な証言を行っているのは彼女一人だけですし、やはりこれを否定するのは無理があり過ぎるように思います。Y枝さんの放課後の行動については、亀井トム・野間宏氏説同様、「２時３５分の授業終了後に一旦学校を出てからまた戻り、３時２３分に再び下校した」とみるのが一番妥当なのではないでしょうか？