狭山事件入門: 脅迫状の筆跡

あけおめことよろです。

脅迫状の筆跡に関して、石川さんの裁判において提出された警察側の鑑定書によると、脅迫状と石川さんの筆跡は一致したことになっています。また、最近2ちゃんねるなどで「脅迫状は石川さんの筆跡とそっくりだ」というような話が出ているようです。一応確認しておきたいと思います。

『無実の獄25年 狭山事件写真集』より脅迫状『無実の獄25年 狭山事件写真集』より脅迫状

『無実の獄25年 狭山事件写真集』より上申書『無実の獄25年 狭山事件写真集』より上申書

「上申書」は、昭和38年5月21日の逮捕直前に書かされたものです。石川さんの筆跡としてよく引き合いに出されるものにはもう一つ、逮捕後に脅迫状を模写する練習をした後で書いた脅迫状の写しがありますが、それは明らかに練習をした上で脅迫状を真似て書いているため、筆跡の鑑定にはそもそも不適切なものです。

確かにこの全体図を見比べると似ている感じもあります。特に、促音(小さい「っ」)にカタカナの「ッ」を使っている点や、ひらがなの「ら」の書き方などは大きな相似点になります。

しかし、拡大してみるとかなり様相が異なります。

脅迫状拡大図脅迫状拡大図

上申書拡大図上申書拡大図

正直、この拡大図だけでもう十分ではないでしょうか。この2つを見比べて「そっくりだ!やっぱり石川が犯人なんだ!」という人がいたら「ああそう思うんですか」としか言いようがないのですが。

一応解説しておくと、これらの拡大図で一番異なるのは「払い」です。日本語を書く場合に、毛筆・硬筆とも「止め」「はね」「払い」という基本があります。文字を書き慣れていない人は「止め」「はね」は見よう見まねで何とかなっても、「払い」だけはどうにもなりません。まさに石川さんの上申書の拡大図がその状態です。それに対して脅迫状は「払い」がしっかりできていて、明らかに文字を書き慣れた人のものです。

さらに、上申書にはいくつか「ウソ字」があります。例えば、「入間川」の「間」の字のもんがまえの中身が「巾」になっています。それに対して脅迫状には、当て字はありますがウソ字は1つもありません。

刑札による鑑定では、「ら」や「ッ」などの似ている字だけを採り上げ、また、練習した上での脅迫状の模写(似ているのはある意味当然)との相同を根拠に「脅迫状の筆跡と石川さんの筆跡は合致した」=「脅迫状は石川さんが書いたものである」と鑑定しています。しかし、当ブログ管理人としては、上記の理由で脅迫状は明らかに石川さんが書いたものではない、と考えています。

以前にも書いたように、私(当ブログ管理人)は、「石川さんは冤罪である」というところから議論を始めるつもりはありません。ただ、この拡大図を見れば脅迫状と石川さんの筆跡が異なることは(刑札関係者以外には)明らかと思われ、そうなると石川さんが有罪ならこの脅迫状を書いたのは誰?という疑問に答えていただく必要があると考えています。

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コメント / トラックバック 6 件

  1. 千葉っ子 より:

    いつも大変興味深く拝見させて頂いています。
    となりのトトロ、の噂からはまったミーハーな口ですが、近所の千葉刑務所に石川さんが投獄されていた事や、避差別部落の問題を知るにつけ、きちんと知らなくてはと思い、書籍で勉強しています。
    このサイトは公正で冷静なので、狭山事件を考える際にはいつも基準点とさせてもらっています。

    更新されてないかな、と毎日のぞいています(お忙しいですよね)。
    これからもたくさん書いてください!

  2. 管理人 より:

    コメントありがとうございます。

    ご指摘の通り、最近リアル方面で多忙が続いているため更新が滞りがちになっています。できるだけがんばって続けていきたいと思います。こういったコメントをいただけると励みになります。

    「狭山事件入門」も続きを書く意志もネタもあるのですが、先般から何回か触れている新しい本が出たらほぼ全面的に書き直しになりそうなので、出版を待ってから続きを書きたいと思っています。もうすぐ出版されるはずなので少々お待ちください。

  3. 禅 公案 より:

    お久しぶりでございます。禅公案です。
     筆跡に直接関係しないのですが、「脅迫状」とその「写し」につきましては、以前から疑問に思っている点があります。
     今回の記事で、管理人様が引用された「無実の獄25年 狭山事件写真集」の55ページの下半分の方の、「脅迫状の写し」に関してです。
     この「写し」は、「脅迫状」を手本に、字の練習をさせられ、その後に書かされた「写し」とのことですので、同ページの上半分の「上申書」の文字より「写し」のほうが、原本の脅迫状と文字が類似している面があるかもしれません。
     私の疑問は、「写し」の作成方法・作成過程についてのもので、以下の点です。

    (1)「少時」の文字について
     「写し」には、手本にしたと思われる脅迫状と同様に、本文の上端の余白に、「少時」の文字が書かれています。「写し」に書かれている「少時」は、「何を」手本に書かれたのでしょうか。といいますのは、「脅迫状」の上端の「少時」の文字は、懇切丁寧に抹消線により、判読上の支障があり、判読できたとしても、その文字の「字体」等の筆跡をまねすることが可能な状態にあるとは思えないからです。

     そのような前提に立ちますと、警察が、石川さんに、「少時」の文字まで含めて、「写し」に再現させようとする場合、脅迫状が封入されていた「封筒」の表に書かれた「少時様」の「少時」の文字を手本にして、「写し」の上端に書かせた、と思われます。
     それなら、なぜ、「封筒」のほうの表と「裏」に記載された、「少時様」や「宛名」の文字についても、「封筒」の「写し」という形で再現させなかったのでしょうか。
     封筒のほうの「少時様」の文字は、形だけの訂正線があるだけで、その文字の筆跡を容易に判読できることを考えれば、封筒に書かれた文字についても、同様に「写し」を書かせることが自然なのでは、と思ってしまいます。

    (2)脅迫状の「訂正個所」について
     「写し」には、「脅迫状」の2か所の訂正部分について、いずれも、「訂正前」の①『4月28日』(後日、「29日」であることが判明されますが)、②『前のもん(門)』の文字が書かれています。
    この①と②については、判読するのに一定の「注意力」がいると思われますが(特に①)、それにもかかわらず、「訂正前」の文字のほうを「写し」に書かせ、「訂正後」の文字である①「五月2日」②「さのヤ」のほうの文字を「写し」に書かせたのはなぜなのでしょうか。
     とりわけ、①の「4月28日」についていえば、「写し」では、脅迫状の本文の1行目の上に「付け加える」ようにして、「4月28日の夜るの12時に」と書かれています。
     「写し」の文章の流れでは、1行目で、「子どものいのちがほしかたら」のあとに、2行目の「金二十万円女の人がもて」と「続けて」しまっていることから、「4月28日(5月2日)の夜12時に」の部分を「書き飛ばし」て、後で「追記」したことになります。
     これは、手本とした「脅迫状」の本文の1行目の後半部分が、訂正部分を含んでいることもあり「ごちゃごちゃ」していると石川さんが感じて、石川さんが「写し」を書くときに、「飛ばして」作成しまったため、脅迫状の写しの本文作成後に、警察が石川さんに指示して、1行目の上に、「4月28日(5月2日)の夜12時に」の部分を追記させたのでしょうか。
     そのようなことをさせてまで、「4月28日の夜るの12時に」と書かせたのであれば、なぜ、「五月2日」の訂正文字についても(同様に、「前のもん(門)」の訂正後の「さのヤ」の文字についても)、「写し」に再現させなかったのでしょうか。

    長々と思いつきを書いてしまいました。申し訳ございません。管理人様のお考えなどを
    お聞かせいただければ、幸いでございます。

  4. 禅 公案 より:

    すみません。訂正となります。

    (2)の6行目で
    ~「訂正後」の文字である~「写し」に書かせたのはなぜなのでしょうか。

    としましたが、
    ~「訂正後」の文字である~「写し」に書かせなかったのはなぜなのでしょうか。

    でした。失礼いたしました。

  5. 管理人 より:

    コメントありがとうございます。

    結論から申し上げると、私(管理人)としては、そういった「写し」と脅迫状との差異について、ことさら大きくとりあげる必要はないのではないかと考えています。

    刑札がこの「写し」を作らせた一番大きな理由は、それを元に筆跡鑑定をして石川さんが有罪であるという証拠にしたいということでしょう。そして、当時の状況として、石川さんも自白を維持していたために、少々の異同は措いて、とにかく体裁として「石川筆跡が脅迫状と合致した」という鑑定を少しでも早く得ることが最優先だったと思います。

    ご指摘の部分以外にも、

    けいさツにはなしたりきんじのひにはなしたりしたら子どものいのちがないとをもい

    (原文ママ)などという明らかに日本語になっていない部分や、ウソ字で書かれた部分(例えば「夜」)、さらには脅迫状では「西武園」と正しく漢字で書かれているものを「西ぶヱん」という2ちゃんねる用語みたいな書き方をした部分があります。逆に言えば、練習してもこれだけ元の脅迫状と差異があるものしか書けなかったということでもありますが。ちなみに、元の脅迫状では漢字の当て字はありますが、ひらがなの使い間違いはありません。

    刑札としても、「5月8日までに生きている犯人を挙げろ」という国家公安委員長の檄や世論のプレッシャーもあり、できるだけ早く裁判を始めて片付けてしまいたかったのでしょう。そうでなければ、完全な真似ができるまでじっくりと練習させて、もっと完成度の高い模写を作らせたのではないかと思います。

  6. 根本的に より:

    そもそも練習させて書かせる以前に

    本人が普段書いている何かしらの文字・文章

    例えば はがき 手紙 ノート 履歴書 学校での作文

    それらを鑑定・検証すれば良い話ですよね。

    元々 そのような文章や作文を書く能力が殆ど無かったとすれば・・・

    有罪の証拠としては全く意味を持たないと思うのですが。

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