下山事件: 「秋谷鑑定」 その5

文藝春秋 昭和48年8月号文藝春秋 昭和48年8月号

先のエントリまでで見てきたように、この「」と称するものは東大裁判化学教室の秋谷教授が書いたものではないと考えます。では、誰が書いたものでしょうか。

そのヒントになる記述が、「文春秋谷鑑定」の冒頭(その前にある文章は松本清張氏の紹介文で、網掛けの囲みのところからが「文春秋谷鑑定」の本文になります)にあります。「尚以上の鑑定並びにこれに付随する物件の調査…(中略)…については地検、警視庁捜査二課或は化学関係監督官庁の協力活動が行われた。」となっています。

まず、「地検」が第三者的に書かれています。この文章は「東京地検が作成した捜査報告書」というタテマエになっているのですから、これはまずいでしょう(笑)。さらに、「警視庁捜査二課」としています。確かに油の線を追っていたのは捜査二課であり、その点では間違いではないのですが、建前上は「警視庁特別捜査本部」とするべきところで、わざわざ「捜査二課」を強調するあたりに作為が感じられます。

要するに、この文章を書いた人は東京地検の人でもない、秋谷教授でもない、ということです。

もう一つこの「文春秋谷鑑定」を読んでいて気がつくのが、他でもない「」などのキャッチコピーの付け方のうまさでしょう。これも、化学者(科学者)である秋谷教授であれば、「検体番号1」などのように表記して、どの検体から抽出した油であるかを明確にするのではないでしょうか。しかし、そうせずに「」という、現在までも人口に膾炙している名コピーを考え出すあたり、この文章を書いた筆者は、ある程度大衆に向けたわかりやすい文章を書き慣れた人と考えられます。

また、前回も指摘したとおり化学的知識には欠けるきらいはあるものの、対照用として捜査二課が中心となって集めたヌカ油のデータなどは非常に詳しいため、秋谷教室あるいは捜査二課で集めたデータにアクセスできる立場にいた人間ということになります。

さらに、秋谷教授本人は、この「文春秋谷鑑定」がホンモノなのかどうかを聞かれると、肯定も否定もしなかったとのことです(ソースがどこにあったか忘れてしまいましたので、今度見つけたら再掲します)。この、科学者として落第な記述を含むものを自分が書いたとなればかなりな損になるにもかかわらず否定しないということは、秋谷教授としてはこれを書いた人に気を遣っているものと考えられます。

まとめると、この文章を書いた人の条件として、下記のようなことになります。

  • 地検や警察の関係者ではない
  • 化学の専門家ではない
  • 文章を書き慣れた人間である
  • 秋谷教室あるいは捜査二課のデータにアクセスできる
  • 他殺論者である
  • 秋谷教授が気を遣う対象である

この条件に当てはまる人を1人知っている気がします。新聞記者という大衆向けに文章を書くのが専門の職業で、化学の専門家ではなく、秋谷教室にほぼフリーパスで出入りでき、「捜査」への協力を通じて秋谷教授も一目置く立場にあった…

すいません。謀略説の方々の書き方がうつってしまいました。なお、今回のアマゾンアフィリンクに出ている商品は本文と関係ありません(笑)。

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One thought on “下山事件: 「秋谷鑑定」 その5”

  1. すいません。秋谷教授自身が「文春秋谷鑑定」の真贋について肯定も否定もしなかったという話はどうも私の記憶違いのようで、ソースを見つけられませんでした。とりえあずその話に関する部分は消去しますが、論旨に大きな影響はないと思います。

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