狭山事件: 「プロファイリングで解く重大事件」 その5

「実話ナックルズ」2008年4月号の「ミステリーの交差点」で、苫米地氏のプロファイリング最終章として本橋信宏氏が記事を書いています。記事(テキスト)のほぼ3/4は帝銀事件関係で、狭山事件については先月の記事の反芻と時代背景の説明程度でそれほど目新しい視点は提供されていません。一応ご参考まで。

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7 thoughts on “狭山事件: 「プロファイリングで解く重大事件」 その5”

  1. 狭山事件の推理史において、Xというのは、60、70年代は、焦点の当たらない人だったと思います。最近になって浮上してきた人だと思います。事件というのも結局ひとつの話なので、私の思うところを、話として書いてみたいと思います。Yさんは、中学卒業後もよく母校に来てたようで、新生活について先生に話したり、ソフトボールの後輩達を見たりしてたんでしょう。卒業生が母校に来るのは自然な姿であり、そこで後輩や先生と話し、歩いても何の違和感もありません。制服の少女と先生が風景の中に溶け込んでしまう場所、それが学校なのです。
    この学校でYさんとXは出会い、卒業後もたびたび会っていたのです。学校にはいろんな場所があります。教室、宿直室保健室、体育館の倉庫、部室。生徒や先生が帰った後の、夕暮れから夜にかけての誰もいない学校は、人目から隠された城であり密室になります。
    あの日Yさんは第二ガードで人を待っていました。そこへXが一人で自転車に乗ってやってきました。なぜなら、ここでYさんを見た者はX以外いないからです。Xは野球の決勝を見に行き、Yさんは指定の時刻に第一ガードに行き、その後二人は時間差でゆっくりと、そうメーデーの日の、もう誰もいない学校へ向かったのではないでしょうか。思うにXは宿直だったのではないでしょうか。だとすれば、そこでYさんの誕生日を祝う予定だったのでしょう。Yさんは自転車を学校に置きます。そして二人は、学校の中のどこかにあった秘密の場所へ、いつもの場所へ、行ったのではないでしょうか。そして、Yさんは祝いのトマトを含む料理を食べ、抱かれた。それから程なくして、その時が来たのです。その後に続いた悲劇の、いわば最初の悲劇が、来てしまったのです。 Yさんの遺体は、仰向けにされ置かれた。Xは脅迫状とともに、Yさんの自転車をN家に返しに行ったと私は思います。学校からN家は10分以内。近いといえます。脅迫状ではYさんが建物に監禁されているイメージです。それは学校かもと言う人が出てきて捜索されたら一巻の終わりです。それで西武園を出して、そっちへ引き付けた。犯行現場が学校だと気づかれないこと、それが全てでした。
    遺体には偽装を施し、農業地帯の学校に当然あっただろうリアカーにのせ深夜に運んだ。サノヤはというと、これは偶然の要素が強く状況不利ならじっとしていたでしょう。以上が私の事件についての話しです。

  2. プロファイリング4とPTAのコメントの続き。まとめるとこうなります。Aさんは第二ガードにひとりでいった。しかし、同僚には野球部員と一緒だったと言った。だから野間の取材にも同じことを言わざるをえなくなった。そして5月2日刑事には何も語らなかった。だから供述書をとられることもなかった。
    最初は偽りが露呈されることもなかった。しかし47たっても野球部員のなかで目撃者がひとりも現れないことによって、それが明瞭になってきた。

  3. 繰り返しになりますが、A先生=犯人ということは絶対に有り得ませんし、まだ存命中のご本人の名誉棄損にも繋がる話ですので、もう止めた方が宜しいと思います。

  4. ここは推理サイトだから推理をのべたのです。趣旨から、はずれているとは思えません。イニシャルでぼかしてますし、私の推定をはなしているだけなのです。帝銀事件にしても、三億円事件にしてもいろんな人がいろんな推理を述べています。世田谷一家殺人にしても、島根女子大生殺人にしても、謎めいた事件であればあるほど、いろんな説が出てくるように思われます。狭山事件だって同じでしょう。NKさん、OGさん、ITさん、IKさん、いろんな人がほんとうの人と言われて来たわけで、公式にはIKさんがほんとうの人に、されてるわけです。だけど、それは違うんじゃないか、ほんとうの人は別にいるんじゃないのか?それで、いろんな推理が始まってきたんじゃないでしょうか。Aさんも、ほんとうの人の可能性を持ったひとりなのではないでしょうか。Aさんが、ほんとうの人なら、どういう、はなしになるのか、それを書いてはいけないなら、推理サイトの意味はありません。Aさんだけは、除外すべきというのもなんだが妙な気がします。推理を禁止された推理サイトは、もぬけの殻になってしまうのではないでしょうか。Aさんには疑問があり、それを否定することはできないのではないでしょうか。

  5. 推理するのは各人自由だと思いますし、私としてもそれを禁ずる気など全くありません(そもそも私は管理人でも何でもないのですから、そんな権利も持っていません)。
    ただ繰り返しになりますが、A先生の場合、事件当日の午後5時まで(被害者が連れ去られたのは推定午後3時50分頃)と佐野屋張り込み時については明白なアリバイがあります。イニシャルでぼかしているとしても、明らかに無関係の人を「殺人犯」呼ばわりするのは、やはり問題がある行為といえるのではないでしょうか? まあ、もちろんA先生に関していえば、“実行犯”の可能性はゼロとしても、“黒幕”という可能性までは完全に否定しきれないことになるのですが。

  6. 殺人犯呼ばわりとおっしゃいますが、殺人犯とか犯人とかいう直接的な表現を、私は使わないようにしています。ほんとうの人という表現を使ってますし、なるたけやわらかい、文学的で詩的な表現ではなしたいと思ってます。人物をXといったりもします。そうでないと推理も出来なくなりますから。当然ながら推理というのは事実ではありません。事実はひとつしかないわけで、事実がわかってれば、そもそも推理は要らないわけですし、推理サイトも要らなくなるわけです。事実がわからないから、いろんな推理が生まれてくるわけです。事実はひとつだが推理は複数成立するのではないでしょうか。狭山事件はそのいい例で、単独犯から複数犯の説、つまりはなしが存在し、そのいずれもが事実でなく、推理という仮説を述べてるわけです。事実には想像が入りこむ余地はないが、仮説というのは、ばらばらの事象や証拠を結びつけるのは、結局想像力なんですね。つまり想像が加味されて、作られるのが仮説であり推理なわけです。想像を否定したら仮説をつくることもできない。想像の糸でつないでつくられた仮説の中に、NKさんITさん、OGさん、IKさんなどを、ほんとうの人とする仮説があり、Xさんもその中のひとつとしてあるよと、ということなのではないでしょうか。

  7. 一応補足しておきますが、“黒幕”ということになれば、当時子供だった人間を除いて、日本人は全てその可能性があるわけです。アリバイはまったく関係無いのですから・・・。
    極端な話、「狭山警察署長が黒幕」でも「被害者と第1ガードで会った主婦・Nさんが黒幕」でも良く、「王貞治が黒幕」とか「佐藤栄作首相が黒幕」、果ては「北海道稚内市役所の職員が黒幕」でも「鳥取砂丘で観光ラクダを引っ張ってるおばちゃんが黒幕」でも大丈夫です。
    それから、「A先生犯人説」についてですが、私はそれならむしろ被害者の父・Eさんの方が遥かに犯人の可能性は高いと考えます。被害者の誕生日を知っているだけでなく、N家内の構造も熟知しており、脅迫状を差し込むことも容易、張り込み時のアリバイもはっきりせず、犯人が逃げた方角に自宅があるのですから。

    こんな推理はどうでしょうか?
    「E氏は、『誕生祝いをしてやる』と言って学校帰りの四女と待ち合わせた。その後2人で食事を摂るが、そこでE氏は欲情し、娘を犯してしまった。それをなじられたためカッとなり殺害。さらにその後、E氏は身代金目的の殺人を偽装するため脅迫状を書き、自宅入口に差し込んだ。2日夜になり、佐野屋脇の畑に現れたE氏は声色を使って次女に声を掛けたが、警官に追われたため逃走、上赤坂の自宅へと逃げ込んだ」

    この類の珍説は、その気になればそれこそ何十でも何百でも作れます。まあ、もちろん私の場合、実際にはそんなことはカケラほども信じていないワケですが(笑)。

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