津山事件: 練習と成果

合同新聞昭和13年5月23日付合同新聞昭和13年5月23日付

最初に:「津山事件 写真」あるいは「都井睦雄 写真」で検索してこちらに来訪された方は、こちらのエントリをご参照下さい。こちらのページもどうぞ。

津山事件直後の新聞記事です。

都井睦雄が射撃練習をしていた松の木の写真、使った猟銃(5連発を9連発に改造したもの)などが掲載されています。松の木には150発以上の弾丸が撃ち込まれていたとのことです。前回のエントリに書いたとおり、海外の同様な銃乱射事件では、無差別にぶっ放すだけなので死者と同じくらい負傷者を出していますが、睦雄の場合は死者30人に対して負傷者3人で、狙った相手にはきっちりぶち当てていたことがよくわかります。悪口を言わなかった相手は見逃したりしていますし、その気で無差別でやっていればもう少し記録は伸びたことでしょう(不謹慎)。

犯人の都井+殺された30人で合計31個の棺は当局が手配したと書かれています。都井自身はこの村ではなく倉見(祖母の嫁ぎ先、事件があった貝尾部落からは4~5km北)に葬られているので、 そこまで棺に入れられて運ばれたんでしょうか?

と思ったら、都井家の本家筋に当たる女性(2007年現在ご存命とのこと)によると、その女性の夫を含めた5、6人で倉見まで運んできたとのこと。多分この女性は、「マーダーファイル」に出てきたおばあさんだと思います。詳しくはまた後ほど。

ちなみに、新聞掲載のタイミングによって被害者の名前が結構適当なのは時代のせいでしょうか。この記事の「被害者」として一番上に掲載されている女性(当時21歳、筑波本では「丹羽つる代」となっている)は、22日朝刊では漢字で「○代」となっていたのに、この記事では「××子」(××はひらがな。「○代」の○の読み)と記載されています。

津山事件に関する本はこちら

One thought on “津山事件: 練習と成果”

  1. こ の ブ ロ グ の 合 同 新 聞 の 記 事は 合 同 新 聞 社 と い う 物 が か つ て 存 在 し た の か 、 そ れ と も 多 く の 新 聞 社 が い つ し ょ に な つ て 発 表 し た の か ど ち ら で す か ? ブ ロ グ で は 被 害 者 名 は 全 て 臥 せ て い る の は 管 理 人 さ ん の 判 断 に 依 る も の で す か ?
    丹 羽 つ る 代 は あ る ブ ロ グ で は 丹 下 つ る 代 に な つ て い る 、 こ う い う 山 間 部 の 部 落 は 殆 ど 同 姓 で し ょ う 、 当 時 よ り は か な り 過 疎 化が 進 ん で い る で し ょ う 、 都 井睦 雄 と い う 肺 病 や み の 一 青 年が 偏 執 狂 に な り 、 と ん だ 事 件 を 起 こ し た も の だ 。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です