‘倉見’ タグのついている投稿

津山事件: 都井睦雄の祖父母の墓 その1

2009 年 9 月 4 日 金曜日

mutuo_grandparents祖父母の墓

mutuo_grandpa祖父の墓碑

mutuo_grandma祖母の墓碑

都井睦雄の祖父母の墓です。

睦雄の墓である丸石の写真で、一番奥に写っている墓になります。

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津山事件: 都井睦雄の両親の墓

2009 年 9 月 3 日 木曜日

mutuo_parents都井睦雄の両親の墓

mutuo_father父親

mutuo_mother母親

前回のエントリで、睦雄の墓である丸石の隣に両親の墓があると書きました。本日の写真はその証拠です。

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津山事件: 都井睦雄の墓 その3

2009 年 9 月 1 日 火曜日

mutuo_haka_3都井睦雄の墓(ほぼ確定)

以前のエントリ(12)では、睦雄の墓がどの石なのかいくつか説があって、どれが本当の睦雄の墓かわからないと書きましたが、おそらく上の写真の左手前に写っている丸石が睦雄の墓ということでFAと思われます。

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津山事件: 荒坂峠

2008 年 8 月 31 日 日曜日

荒坂峠から行重方面を望む荒坂峠から行重方面を望む

これも津山事件関係の書籍によくある表現で、「都井睦雄は、生まれた倉見と育った貝尾を見下ろせる荒坂峠の山頂付近で自殺した」という話があります。ところが、荒坂峠で一番見晴らしがいい上の場所からは、倉見も貝尾も見えません。倉見は15kmほど離れているのでそもそも見えるはずがありませんし、貝尾は上の写真のもうちょっと右の方で山の陰になるので見ることはできません。
倉見・荒坂峠・貝尾倉見・荒坂峠・貝尾の位置関係

(2010年2月14日注記)
その後の調べで、荒坂峠の頂上から貝尾は見えることが判明しました。こちらをご参照ください。お詫びして訂正いたします。

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津山事件: 被害者の墓

2008 年 8 月 1 日 金曜日

お墓1

お墓2

お墓3

お墓4

津山事件の現場である貝尾部落を訪問したルポにはよく「墓場に入った我々は慄然とした。墓の多くの命日が『昭和十三年五月二十一日』となっていたのである」みたいなことが書いてあります。

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津山事件: スーパーモーニング

2008 年 7 月 21 日 月曜日

「スーパーモーニング」で都井睦雄の墓とされていた石「スーパーモーニング」で都井睦雄の墓とされていた石

本日(2008年7月21日)朝のテレビ朝日「スーパーモーニング」で、津山三十人殺しの特集がありました。先日のトトロ放映に続いてまた本ブログへのアクセス数が増大しています。結論から言うと、何というか、あれだけ短い中でよくもこれだけの間違いを詰め込めるもんだと呆れるデキです。

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津山事件: 都井睦雄の墓 その2

2008 年 7 月 19 日 土曜日

都井睦雄の墓(たぶん)都井睦雄の墓(たぶん)

都井睦雄の墓(たぶん)の裏側都井睦雄の墓(たぶん)の裏側

先日、岡山に行く用事があったのでついでに津山事件ゆかりの地を訪ねてきました。まず最初に倉見にある都井睦雄の墓を訪問しました。倉見というところは、美作加茂駅(この駅もたいがいイナカですが)から10km以上離れた山奥で、「加茂町史」などによるとタタラ製鉄が行われていた、典型的な山村です。現在は近くにダムやキャンプ場などもできて開けていますが、当時は本当に車も通わない山奥だったと思われます。

内容について語る前に、津山事件(津山三十人殺し)が発生したのは西加茂村貝尾(現津山市加茂町行重貝尾)なのに、なぜ都井睦雄の墓が加茂町倉見(現津山市加茂町倉見)にあるのかについて説明が必要でしょうか。ちなみにこの2つの場所は15kmほど離れています。

都井家はもともと倉見の地にあり、睦雄もそこで生まれました。なぜ睦雄が貝尾に移り住んだかと言うと、もともと祖母が貝尾の生まれで、そこから倉見の都井家に嫁入りしていた縁によります。睦雄が2歳の時に父親(祖母の息子)が、3歳で母親が相次いで結核で亡くなったため、残された祖母が睦雄と姉を連れて故郷である貝尾に移り住みました。この経緯には、倉見が当時人里離れた山村だったために祖母が睦雄の教育を心配し、多少でも加茂の町に近い貝尾に出てきたという事情もあるようです。

祖母は筑波本の仮名で言えば「寺井」になっている家の出身で、親類(祖母の甥)も貝尾にいたようです。しかし、事件後はそういった親類筋にあたる家の人間も事件の犯人である睦雄を弔うわけにもいかず、睦雄と祖母の遺体を都井家の人たちが倉見まで引き取ってきて埋葬したそうです。

「不思議ナックルズ」Vol.9によると、下記のような経緯できちんとした墓石ではなく川石(玉石)を墓代わりにしたとのことです。

睦雄の姉は「せめて立派な石塔を作ってやりたい」と願った。しかし、姉の夫は「石塔なんてもってのほか。睦雄の墓だということは絶対他人に知られてはいけない」と言って、結局倉見川から拾ってきた川石を石塔代わりに睦雄の遺体を埋めた上に置いた。

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津山事件: 稀代の殺人鬼 その5

2007 年 11 月 22 日 木曜日

合同新聞昭和13年5月28日付合同新聞昭和13年5月28日付

連載第5回(最終回)です。

「亡き父母眠る墓所戀しく自殺の場所をこの倉見越えに求めたらしい」とのことなんですが、倉見は貝尾から北の方、荒坂峠は南の方なのでこの記述にはちょっと疑問が残ります。

睦雄が自殺した時点でまだ銃弾は14発残っていたとのこと。これを全部使い切っても、禹範坤の記録には届かないわけですね。

津山事件に関する本はこちら

津山事件: 都井睦雄の墓

2007 年 11 月 8 日 木曜日

都井睦雄の墓「不思議ナックルズVol.9」より。都井睦雄の墓。

睦雄が自殺した後、遺体は都井本家があった倉見まで運ばれ、葬儀が行われたそうです。

お姉さんは「立派な石塔を作ってあげたい」と願ったものの、姉の夫の反対で倉見川から拾ってきた石を墓石代わりにしたとのこと。

津山事件に関する本はこちら

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津山事件: 都井睦雄の親族

2007 年 11 月 7 日 水曜日

「警視庁特別調査課 マーダーファイル 津山30人殺しを追え」より「警視庁特別調査課 マーダーファイル 津山30人殺しを追え」より

前回のエントリに書いたおばあさんですが、このDVDに出てくる方と同一人物と思われます。
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