下山事件: 事件発生から60年

60年前の今日の朝、下山総裁は三越で消息を絶ちました。ちょうど今頃(14時過ぎ)の時間は(本人か替え玉かが)末広旅館に来た頃ですね。

読売新聞に関連記事がありました。しかし、この内容はひどいですね。たとえばこの部分。

 捜査当局では他殺と断定、捜査を開始したが事件は迷宮入りし、15年後に時効を迎えた。

断定してません(笑)。捜査一課と捜査二課が自殺・他殺で見解が分かれていた(細かいことを言うと課ごとではなく捜査員個人で見解が分かれていたという話もあるのですが、それは置いておいて)というのはWikipediaにさえも書いてあります。

結局のところ、記者がちゃんと自分の頭で考えたり調べたりすることを放棄して、元資料を丸写しにしてテキトーに記事にしてしまうからこういうことになるんでしょう。事件当時の読売は他殺説だったので、それだけを読んで記事を書いたと思われます。
警察発表を丸写しにして記事にすることで警察・検察の思い通りに世論を誘導し、冤罪を生み出す原因になることと、根っこは同じだと思います。

ちなみにその1: このエントリを書くために久しぶりにWikipediaの[[下山事件]]の項目を覗いてみましたが、また脚注に「末広旅館で総裁がタバコを1本も吸わなかった」というヨタ話が復活してますね。いい加減なもんです。この点に関しては以前にエントリを書きましたので、そちらをご参照ください。

ちなみにその2: 6月中旬に、『謀殺・下山事件』が祥伝社文庫から復刊されました。これで、あとは『下山事件全研究』が復刊されれば言うことはないのですが。

ちなみにその3: 足立区立郷土博物館にて、7月12日まで下山事件関連資料(捜査当局のメモと思われる、ガリ版刷りの資料)を公開中とのことです。ただし、6日~10日まで館内殺虫作業のため休館とのことなので、来週末の土日(11・12両日)しかチャンスはありませんね。

改めて下山総裁の安らかなお眠りをお祈りいたします。

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3 thoughts on “下山事件: 事件発生から60年”

  1. 管理人様

    「謀殺・下山事件」の著者の矢田氏についての記事が、「週刊朝日」(7/17号)に掲載されていましたので、興味を持ちました。「末広旅館の女将」の夫が、自殺説をとる捜査1課刑事の元同僚だった、など、
    本当だとしますと、迷宮入りするような事件は、有象無象の作為が伴うものだと感じました。

    それにしても、私の考え違いなのか、疑問に思う点があります。
    下山事件の論争の図式の一つとしまして、法医学の見解の対立で、
    ①列車に轢かれてから死んだという「生体轢断」(自殺)
    ②殺されてから列車に轢かれたという「死後轢断」(他殺)
    があると書かれています。
    しかしながら、論理的な可能性としましては、
    ①については、人為的に睡眠剤等で昏睡させられた下山総裁を線路まで運搬した場合も
     「列車に轢かれてから死んだ」ことになりますが、この場合は自殺ではなく「殺人」ではないか
    ②については、可能性としては低いかもしれませんが、何らかの原因(急病による死亡など)で
     死んだ下山総裁を誰かが線路に運搬した場合は、「死んで」から「轢断」されることになりますが、
     この場合は、「殺人」とはいえないのではないか、

    上記の①②について、論理的な可能性のある事象・考えられうる事態については、すべてつぶした上で
    ①「生体轢断」ならば、「自殺」
    ②「死後轢断」ならば、「他殺」
    という説だけが残った、ということなのでしょうか。

  2. コメントありがとうございます。

    今回の「週刊朝日」の記事も、「週刊朝日テクニック」満載の記事だったので、その辺は新たにエントリとして書いた記事をご参照ください。末広旅館の女将の夫が元特高警察官だったというのは事件直後から周知の事実でした。「後に判明した」という書き方で、いかにも警察が事実を隠蔽していたように書いていますが、それは明らかなミスリードです。

    「生体轢断」「死後轢断」について、論理的な話としてはご指摘の通りです。
    私(本ブログ管理人)としては、出血の有無から「生体轢断」「死後轢断」の判定はできないという説に傾いており、それよりも、北大の錫谷教授の「下山総裁は立位で機関車に轢かれた」という説が、現時点では最も説得力があると考えています。
    この説の詳細については、下山事件自殺説紹介ブログさんの
    http://shimoyamajiken.blog17.fc2.com/blog-entry-59.html
    http://shimoyamajiken.blog17.fc2.com/blog-entry-80.html
    あたりのエントリをご参照ください。

    「立位で轢かれた」ということになると、下山総裁は自分で立って線路上に存在していたということになります。たとえば、意識不明状態の総裁を、線路の両脇に柱を立てて無理矢理ロープなどで立った状態にしてD51にぶつけることは不可能ではないでしょうが、当時の状況を考えると現実的とは思いません。

  3. 管理人様

    ご教示ありがとうございました。
    確かに、「立位で轢かれた」としますと、自殺であることを示す、
    有力な根拠になると思われます。
    少なくとも、他殺説に対して、「合理的な疑い」を示すことになると思われます。

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