津山事件: 『津山三十人殺し 七十六年目の真実』 その2

引き続き、石川清さんの新刊『津山三十人殺し 七十六年目の真実: 空前絶後の惨劇と抹殺された記録』についてです。

第二章では、拙著『の真実』にも言及していただいて、の検証がなされています。
大筋で拙著にある筑波本批判に同意していただいており、それにプラスして筑波本でいう「内山寿」の元ネタが睦雄の友人である「今田勇一」(筑波本の仮名、睦雄が手入れを受けて銃・火薬・日本刀などをすべて押収されてしまった後、睦雄に頼まれて火薬を買ってきた人物)ではないかという仮説を提示されています。

第二章の最後は、こう締めくくられています。

筑波本の検証は今後も継続すべきだが、やっかいな事態となってきたのだけは間違いない。今まで、「事実」とされてきたものが、根底から大きく崩れようとしているのだから……。

この部分には全く同意です。ただ、もう一つ指摘しておくと、「やっかい」であるもう一つの理由として、「筑波本の、阿部定やの記述が筑波昭氏による創作であるとすると、これまで津山事件に人を惹きつけてきた睦雄のパーソナリティ、つまり、猟奇的で、なおかつ長編小説をものすようなインテリであったという部分が根底から覆ってしまい、津山事件に関する一般的な興味を惹きつけることが難しくなるのではないか」=「商業出版としての津山事件本のベースが覆されることになるのではないか」ということもあるのではないかと思います。

個人的には、阿部定や雄図海王丸のような筑波氏の創作部分を抜きにしても、津山事件は充分に研究の対象として興味深い事件であると思います。しかし、大多数の編集者にとっては、「阿部定に興味があり、長編小説も書くような山村のインテリ青年が、一夜にして30人を殺した事件」という方が「売りやすい」ことにはなるのでしょう。
この辺は、「となりのトトロ」の都市伝説から狭山事件に入ってくる人たちを許容するか、その辺の都市伝説に真っ向から反論するのかどうか、といったあたりにも通じる問題ではないかと思います。

私(本ブログ管理人)の立場としては、そういうセンセーショナリズムに基づく記事や都市伝説、さらにそこからこれらの事件に興味を持って入ってくる人たちそのものは否定するべきではない、ただし、それらの間違いや捏造・創作についてはきちんと明らかにすべきである、という考えです。
ただし、の平成三部作のように、過去に既に明らかになっている問題点を反故にして、あるいは故意のミスリーディングを駆使して、一方的に自分たちに都合のいい結論に誘導しようとする著作に対しては明確に反対します。

その意味で、今回の石川さんの著作は、商業出版で必要なセンセーショナリズムに配慮しつつ、きちんと読者に対して真摯に、不都合な事実も提示している点で、非常にバランスの取れた記述であると感じました。今回の著作をお勧めするゆえんです。

以下蛇足。
「今田勇一」というと、個人的にどうしても「今田勇子」を思い出します。
「今田勇子」というのは、いわゆる「M君事件」で犯人とされるM君がの一人の両親と朝日新聞に宛てた手紙に使った偽名です。その語源としては、単純に「今だから言う」の意味であるとか、「誘拐魔だ」の意味であるなど、さまざまな説があります。しかし、M君が津山事件に興味があり、都井睦雄に通じる暗号として筑波本に出てきた「今田勇一」をもじった「今田勇子」を使っていたとしたら……というのは、私の妄想です。
ちなみに、M君事件は1988~89年で「今田勇子」名の手紙は89年、筑波本の初版は81年なので、時系列的にはM君が筑波本を読んでいても、おかしくはありません。

センセーショナリズムを批判しておきながら、自分でセンセーショナリズム的な妄想を書いてしまいました。陳謝いたします。


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One thought on “津山事件: 『津山三十人殺し 七十六年目の真実』 その2”

  1.  このブログを見て「津山三十人殺し 七十六年目の真実」を読んでみました。 
     率直にいって前の著作と比較すると、祖母の評価が三百六十度変わっているのはどういうことかと思いました。前の著作では、あまり根拠もなく「祖母が戸井睦雄の肺結核の秘密を触れ回った」と書いていたのでしょうか。故人とはいえ、名誉にも関わることなので、いささか軽率だったのではないかとも思います。
     また管理さん人の「津山事件の真実」によると、管理人さんとの対談で「津山三十人殺し」について好意的な評価をしていたとも紹介されていますが、この本では結局、「津山事件の真実」の結論を完全に追随したかたちとなっているのも気になるところです。
     部分的にはミリオン出版「怖い噂」の連載記事を再録しています。捜査報告書のくだりは、現場写真をカットした以外は全く同じです。連載の時に掲載された現場写真については、そのまま掲載されているかと思えば、ほとんどぼかしが入って何のことだか分からなかったりと、人権に配慮しているのかどうなのか一定しないスタンスでした。実はこの本にも出てくる茨城県で発生した大量毒殺事件については、「怖い噂」の中で紹介していました。その文の中で帝銀事件について触れて、「平沢の冤罪が判明している」という主旨のことを書いていました。確かに平沢氏の有罪については疑問の多い事件ですが、裁判の結果はまだ覆ってないので首をかしげる一文でした。祖母の評価ががらりと変わったことや今田勇一が協力者ではなかったのかという推理も含めて、事件の細部の分析については多少どうなのかなーーと思っています。
     圧巻なのは事件の関係者や住民の談話を紹介しているところで、現地調査した著者ならではだと思いました。

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