津山事件: 津山事件報告書 その1

IMG_1887津山事件報告書 司法省刑事局編

あらかじめお断りしておくと、今回は釣りではありません。

事件の直後に作成された『』をとうとう閲覧することができました。証拠として表紙の写真を掲載しておきます。筑波本(ハードカバー版: 『津山三十人殺し―村の秀才青年はなぜ凶行に及んだか』)のグラビアにある「津山事件報告書」の表紙と見比べると、筑波本で黒塗りされていたのは通し番号であったことがわかります。

閲覧できたのは日本国内ではありません。ググればすぐにどこかわかるとは思いますが、はっきりした場所を書くのは差し控えます。公開したところでこの場所にマニアがわらわら来るようなことにはならないとは思いますが、あまり迷惑がかかってもいけないので。ここにたどり着くまでの四方山話も後ほど。

世の中の津山事件本の総元締めと言える筑波本も、基本的にはこの本の引き写しの部分が多いことが閲覧してわかりました。驚いたことに、筑波本の250ページあたりから掲載されている被害者の家の見取り図は、ほぼこの「報告書」にあったものののコピー(名前だけ仮名にしてある)でした。また、おそらくは、松本清張の「闇を駆ける猟銃」もこれを参照しています。

「報告書」と銘打ちながら、全部で500ページ近くある大部の本になっており、旧カナ旧字体であることもあって、読み込んでいくとそれだけで1週間くらいかかりそうです。いろいろな点で面白くて、書き始めると100本くらいこの本をネタにブログを書けそうな勢いでもあります。

今まだ海外にいること、泊まっているホテルのインターネット接続が安定しないこと、さらには報告書を読むだけでかなり時間がかかりそうなことから、とりあえずご報告だけアップして詳細は帰国してから改めてご紹介します。

津山事件に関する本はこちら

 

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7 thoughts on “津山事件: 津山事件報告書 その1”

  1. はじめまして、いつも拝見させていただいております。わたくし駆け出しの事件ファンでございます。隣県に住んでおりますが、津山には縁があり幼い時からよく行っておりました、そのせいか私も津山殺しにはとても興味があり筑波本をたよりに先週もドライブがてらに行ってまいりました。本がたよりで詳細はわからず行く先々での想像検証が楽しいわけです。でも事実が知りたいのはあたり前で、「津山事件報告書」を手にされるとはとてもビックなことで、筑波本愛読者にとっては今以上の真相がとても興味あります。こんごの津山事件の更新楽しみにしております。とても津山事件の愛読者にとっては歴史的発見ぐらい大きな事だと思います。
    海外のおいでのことだそうですが気をつけて帰国されてください。

  2. コメントありがとうございます。

    貴サイトはいつも拝見しています。駆け出しだなんてとんでもない。私が持っていない写真もお持ちのようで、ある意味うらやましく思っています。

    「津山事件報告書」の内容ならびに筑波本との相違点については今後おいおい書いていきたいと思います。少々お待ち下さい。

  3. 筑波本に出てくる、内山寿と阿部定絡みの会話、内容はすべて創作だと思います
    あなたの津山事件報告書には、津山での売笑宿への登楼だけしか出て来ない
    もともと筑波氏は阿部定事件の、こだわりあるようで小説題材に何度も使っている
    [黒木曜之助の推理小説にも出てくる]
    従って都井睦夫の「阿部定事件以上のでかいことやっちゃる」は創作である

    私も津山関連本、コミック、DVDまで手に入るものはすべて取得しました
    筑波本に疑問を感じたのは「あとがき」を読んでからです
    津山関連本は何度も読み返しましたが、この筑波本の「あとがき」に、
    ふっと目が行き「なに? これは?」取材ソースの貧弱さが読み取れました
    仲間のブンヤさんからの津山事件の関連資料の収集とは?
    「あとがき」の本人の引け目を感じる弁明も不愉快ですね
    ひょっとしたら、津山事件報告書も満足に揃っていないのでは
    まあ、ここまで疑っては行き過ぎですが・・・・

  4. コメントありがとうございます。

    なるほど。「水戸の記者クラブで一緒だった中央各紙の友人たちが、先輩記者から聞いたり、もらったりした資料をポツポツ送ってくれ、その中にいくつか未公表のデータがあった」というあたりですね。確かに、そんな中に内山寿の調書があったとはとても思えませんし、阿部定絡みについては私も筑波氏の創作が多いと考えています。

    そのあたりを是非とも筑波氏ご本人に確認したかったのですが、残念ながら難しそうです。

  5. 前略、
    いつも楽しみにこのブログを拝見させていただいてます。
    荒坂峠の睦男の自殺現場への踏破写真にはスゴイの一言でした。
    貴殿のスピーディな行動力や調査能力には、驚きでありいつも感心致します。
    私の住まいは東京近郊ですが、
    一度は聖地の貝尾と荒坂峠、そして倉見の墓地を訪問したいと思っています。

    筑波氏の「30人殺し」も2001年で第13刷発行です。
    ネットでこれだけ反響をよんでいるとは信じられないでしょうね。
    今なお印税がドッサリでしょう
    貴殿の問い合わせに、きっと驚いたことでしょう、まさか本音も吐けないし。
    曖昧な資料や取材の「やっつけ本」が露呈するのもコワイでしょうし(笑)

    質問なのですが「津山事件報告書」には、犯行当日の夜に貝尾部落のお堂で
    睦男と村人たちが宴会をした模様は書かれていますでしょうか
    こんどお暇の時にでもご回答をお願いいたします。

    今後のますますのご活躍を期待させていただきます。   敬具

  6. とりあえずご質問にお答えすると、当日の夜に貝尾部落で宴会があったという話も、そこに睦雄が参加したという話も『津山事件報告書』にはありません。個人的にはあの話は週刊朝日の記者の勘違いか捏造で間違いないと考えています。別途エントリを立てましたのでそちらをご参照ください。

  7. こんばんは~、いつも拝見させていただいてます。
    お忙しい中で貴重な回答を頂きまして感謝いたします。
    実は某チャンネルでこの問題をテーマに激論が交わされていました。
    週刊朝日の信頼性、信憑性に疑問を感じていたものですから、
    貴殿にお問い合わせさせていただきました。

    私も津山事件の「禁断の迷宮」に足を踏み入れたような心境です(笑)
    今後も足しげくお邪魔させて頂きますので、どうぞ宜しくお願い致します。

    本当にありがとうございました。

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